改革開放政策以降、中国は飛躍的な成長を遂げ、2010年には日本を抜き去って世界第2位の経済大国まで上り詰めた。78年当時、中国の国民1人当たりの国民総所得(GNI)は200ドル程度。それが18年には9470ドルに拡大した(日本は4万4420ドル)。減速したとはいえ、18年の中国の経済成長率は6.6%。名目GDP(国内総生産)は日本の2.6倍に達している。
近代以降、「眠れる獅子」と言われ続けてきた中国が、この40年で急速に大国化したのはなぜか。日本が30年以上にわたって経済停滞している原因と処方箋を探るうえでも、中国の大発展の原因と戦略に秘められたポイントを改めて吟味してみたい。
人によっては大国化した理由は非常に簡単で、もともとそれだけの素養や能力があると指摘する。中国人は総じて教育熱心だし、頭もいい。
四川省の成都郊外に都江堰という名所旧跡がある。紀元前3世紀の中頃、秦の時代に蜀郡の郡守父子が民衆を率いて建築した古代の水利施設で、世界文化遺産にも登録されている。簡単に言えば、竹と石(現在はコンクリート)で組み上げた人工の中州で、長江の支流である岷江の流れを分水することで洪水を防ぎ、農業の灌漑用水に引き込む仕組みになっている。
都江堰の圧倒的なスケールと科学的な構造を目の当たりにすると、2300年ほど前にこれだけの公共工事を成し遂げた中華文明の奥行きにやはり感嘆せざるをえない。二千年にわたって構築された万里の長城。北京から杭州まで延びる2500キロメートルもの京杭大運河なども7世紀には完成している。
そして、紙、印刷、火薬、羅針盤は古代中国の4大発明と言われる。中国の製紙法や印刷技術が751年にタラス(イスラム)、さらにヨーロッパに伝わって15世紀にグーテンベルクの活版印刷が花開いた。近年は「パクリ」のイメージが強いが、中国人の創造性、創意工夫する能力は歴史に裏打ちされている。
中国の市長は、世界を相手に競い合う
中国が大国化した重要なファクターの1つはやはり巨大な人口だ。改革開放政策によって自由主義や市場経済のノウハウが導入され、一部の人間が先に豊かになることが奨励された。当然、社会主義の計画経済下ではなかったような競争原理が働くようになる。人口が巨大なだけに、1度火がついた競争のダイナミズムは社会を押し上げるパワーがある。競争こそが成長、進歩の源泉であり、豊かになるための仕掛けなのだ――というと何となく資本主義のようだが、実はそこが非常に重要だ。