絶好調である。昨年、9年ぶりにビール類シェア首位を奪還した。青天になみなみと広がる帆には、びゅんびゅんと追い風が吹くのである。
5月上旬に出揃った上場ビール大手3社(サントリー除く)の2010年1~3月期連結決算はキリンの圧勝だ。営業利益は過去最高。前年同期比2.5倍の238億円と1~3月期としての過去最高を更新した。ビール風味飲料「フリー」がヒットしたこともあるが、やはり新ジャンルの「のどごし〈生〉」の販売が好調だったことが大きい。
「競合他社に勝てば、結果として売れる。そんな時代は去った」
09年に就任した松沢幸一社長は語る。営業畑出身ではなく、一貫してビール造りの現場を走ってきた。
「お客さまのほうを向かなくてはいけない。童話の『うさぎとかめ』なら、我々はかめでいい。ゴールだけを目指して着実に進む」
シェア争いを繰り広げている以上、競合他社の動向に目が行きがちである。そうではなく“客本位”の姿がなにより大切なのだ。そのためには、人の育成が不可欠だと言う。チーム力をさらに上げるため、松沢社長は毎週全国を回って社員と対話を続けている。
「目指すのはサッカーチームのような組織。社員一人ひとりが活発でスピード感に溢れ、現場で意思決定ができるチームです。フィールドでは監督の指示よりも自分の判断のほうがはるかに大事でしょう。あらゆる現場で自信を持って対応、行動できるプレーヤーをつくりたい。そうなれば、チーム力は必ず向上します」
日本のサッカーを応援し続けてきたキリンならではの喩えだろうか。ちなみに、自身も北海道大学サッカー部のフォワードとして活躍し、40歳までプレーを続けていた筋金入りのサッカーファンだ。
ただし、“ビール・ウォーズ”はサッカーのように勝てばすべてがハッピーというわけにはいかない。数字的には絶好調とはいうものの、痛し痒しの部分もある。端的に言って第三のビールは儲からないのだ(理由は次回後述)。
「第三のビールへの流れは止まらない。それがお客様の意向です。『のどごし〈生〉』は味のバージョンアップを試みて、さらにお客さまの支持を伸ばす。さらに、別の魅力を持った商品を出していく」
松沢の口調はゆるぎない。それが7月21日発売の「本格〈辛口麦〉」(麦使用の第三のビール)である。
昨季、主力ブランドの一番搾りをリニューアルし、今年は根強いオールドファンを持つキリンラガーをブラッシュアップした。さらに絶好調の第三のビール市場でも手を打った。フォローの風に乗る王者に死角は見当たらない。(文中敬称略)