外国人が圧倒される「すきやばし次郎」の志
外国人にいまなお高い人気を誇る日本食といえば、やはり鮨は外せない。ただし鮨についても、外国人の価値観がアップデートされている気がする。かつての外国人の鮨人気を支えたのは、自国にはない魚の生食という文化や、とにかくヘルシーであることなどだった。しかし、いまではさらにその先にある、日本人の鮨への「こだわり」に注目が集まっているのだ。
東京・銀座にある「すきやばし次郎」をご存じの方も多いだろう。いわずと知れたミシュラン三つ星の鮨屋の名店だが、その店主である小野二郎さんの鮨に対する志に圧倒される外国人は多い。
例えば、多くの人は「魚は鮮度が命」という認識があるかもしれないが、小野さんは魚を寝かせてから提供することを基本としている。若いマグロは熟成が必要で、特に中トロや大トロは酸化する一歩手前が味わい深い。大型のヒラメは〆たばかりだと歯触りばかりが目立つので、握るのが許されるのは翌日の昼から。
これは一例にすぎないが、『すきやばし次郎 旬を握る』(里見真三、文春文庫)には、このほかにも、小野さん独自のさまざまな手法が事細かに書かれてある。こうした素材の下処理のことを「手当て」と呼び、たいていの鮨の味はこれで決まってしまう。
もちろん、シャリへのこだわりも深い。選び抜かれた米を炊き上げたら鉢に入れ、それを手製の毛布で巻いてから、藁(わら)で編んだおひつに保管する。人肌の温かさに保たれたシャリは、完璧な手当てを施されたネタをまとい、実にドラマティックな「おまかせ」というコースに乗せられて客に供されるのだ。アメリカでは小野二郎さんをモデルにした『Jiro Dreams of Sushi/二郎は鮨の夢を見る』というタイトルの映画がつくられ、現地の評論家から軒並み高い評価を受けた。
外国人は、職人の並々ならぬこだわりや、一つのことに高い志を抱く人が好きだ。ぼくが思う「こだわり」の定義とは、定められた基準を自分で超えていこうとする姿勢のことである。もちろん外国人でも一定の物や事柄にこだわりをもつ人はごまんといるが、特に食に関していえば、その探求心や繊細さにおいて、日本人は卓越しているといえるだろう。
例えば、『ミシュランガイド』第6代社長だったジャン・リュック・ナレ氏は、東京の専門店の数の多さを高く評価している。パリの日本料理店では、一つの店に鮨、刺身、焼き鳥などのメニューがひと通り揃っているが、東京では鮨店、焼き鳥店、うどん店といった具合に専門店に細分化されているのが印象的だったそうだ。