「角さん」が使っていたリューズ式腕時計

まず父の遺品の腕時計は、もちろん丸型で細い金の縁取りがあり、文字盤も簡潔で見やすく、黒いベルトが付いている。今どきは、決して見かけることのないリューズ(ネジ)式の腕時計で、スイスのPATEK PHILIPPE社製である。

国会での本会議や委員会、そして海外での仕事の時も常に身に付けてチラチラと目をやっては、時間の確認をしていた愛用品である。夜、床に入る前には必ずリューズをしっかりと巻いてから身近に置いて休んでいた。

リューズ式時計は、日に一回は必ずネジを巻かないと、止まってしまう。このことが基本であった。従って、電池式時計に比べると、数分の誤差が出ることは仕方のないことであった。

ある時、私は父の男性用腕時計を自分で使ってみようと思いついた。そこで、都内の有名時計店でベルトを少々派手なものに交換し、機械の修理と分解掃除をお願いすることにした。ところがいずれの店も、このタイプの時計は古すぎて対応不能とのことであった。

刻印のイニシャルは次の世代に引き継がれるように

そこで私は迷うことなくジュネーブの本社へ直接送付して、修理の依頼をした。時計に限らず、靴やバッグ、帽子に至るまで欧州の超一流と言われる老舗は、数十年あるいはそれ以上も、自社の製品については誇りをもってメンテナンスをしてくれている。自社製品の部品や型をちゃんと保管していて、いつでも古い顧客の要望に対応してくれることは、良い品を末永く大切にするという文化の表れである。

日本の大量生産、大量消費そして大量廃棄の対極にあるこうした企業の姿勢は大いに評価したい。約半年後に父の腕時計は立派に修繕されてジュネーブから送り返されてきた。

その際、時計の裏面に刻印の注文もしておいた。花文字で“K to M”と父と私のイニシャルを刻印してもらったのである。そしてその際に、花文字は裏面の中央ではなく、あえて可能な限り上のほうに刻むようにと注文した。

PATEK PHILIPPE社は何故かと問うてきたので、将来、この刻印の下に“M to ○”と加えることで、この時計が次の世代へも大切に引き継がれることを願っていると理由を説明したところ、先方は大層喜んで、きれいな花文字を刻んでくださった。

この父の温もりが残る腕時計にはブルーの洒落た新しいベルトを取り付けて、今も時折愛用している。実は、“丸型時計もなかなかいいもんじゃわい”と内心悦に入っている。