「合意なき離脱」の可能性は低い?

今後のシナリオは、大きく分けて3つある。まず、議会がこのまま何も決められず、19年3月末の離脱期限を迎えることで実現する「合意なき離脱」。激変緩和のための移行期間もなく、離脱1日目から関税や通関手続きが復活することになり、イギリス経済へのダメージは最も大きい。もう1つは、メイ首相が提示したものを修正した新しい協定案が英下院で可決され、それに基づく離脱。3つ目はこのまま離脱できない「なしくずし残留」の状態がずるずる続くというものだ。

3つのシナリオの可能性はかなり拮抗しているが、筆者は英議会が最低限の役割を果たすだろうという期待から、合意なき離脱の可能性は低いとみる。それだけは避けたいと考える議員は多く、19年1月29日の採決でも合意なき離脱を拒否する動議は過半数を得ている。EU側も回避したい意向のため、期限延長には柔軟に対処すると予測される。

期限延長にもいくつかのシナリオが考えられる。19年は欧州議会の改選の年にあたり、改選後の新議会は7月から始まる。それまでの3カ月程度期限を延長し、その間にメイ首相の協定案の手直しやそれに伴う立法的措置を行うことは十分ありうるだろう。

一方、再度国民投票を実施するような場合は、準備や手続きなどを考慮すると少なくとも19年末ぐらいの延長が必要で、話はもう少し複雑になる。前回の離脱キャンペーンが嘘の主張に左右されたという反省にたち、改めて民意を問おうという主張には一理あると思えるが、今も離脱票を投じたことを後悔していない国民も多い。一見クリアな解決策のようで、離脱派と残留派の分断をより深める可能性もあるのだ。

イギリスのEU離脱は、日本の企業にとっても悩ましい問題だろう。特にイギリスに製造拠点を置く自動車メーカーなどの製造業は、混乱に備えた在庫の積み増しや操業調整に追われ、胃の痛い日々を送っているはずだ。

一方で、ブレグジットが世界の金融システムの危機に発展するリスクはほぼないとみる。金融業界は、早くからイギリスの単一市場離脱を想定した体制をつくらざるをえなかったこともあり、すでにある程度の準備ができている状況だ。英国の金融当局もストレステストを実施し、合意なき離脱のような強いストレスがかかっても金融システムの頑健性が担保されることを確認している。EU当局も特別立法などでハードランディングを回避する施策を用意しており、細かな事象はともかく、リーマン・ショック時のように世界の金融システムそのものが揺らぐような事態にはならないだろう。

伊藤さゆり(いとう・さゆり)
ニッセイ基礎研究所 主席研究員
早稲田大学政治経済学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て、ニッセイ基礎研究所入社、2017年7月から現職。早稲田大学大学院商学研究科非常勤講師兼務。著書に『EU分裂と世界経済危機 イギリス離脱は何をもたらすか』(NHK出版新書)など。
(構成=川口昌人 写真=AFP=時事)
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