リストラと大胆な設備投資に着手

しかし、それは簡単ではありません。当時の新政は安価なパック酒製造に慣れきっており、技術も、組織体制も、従業員のマインドも硬直化していました。このような組織の硬直化を、経営学ではイナーシャといいます。イナーシャがある組織で、新しい方向性を打ち出すのは至難の技です。

日本酒の教科書にも登場する有名蔵だった●写真左は、酒蔵にとってのバイブルといわれる『清酒製造技術』(日本醸造協会)。その冒頭に、新政酒造が登場する。写真右は佐藤社長入社後に導入した冷却機能付きタンク。

そこで佐藤さんは、製造人員の入れ替えも含めたリストラと、一方で高級酒である吟醸酒や純米酒、また生酛造りのため大胆な設備投資を行いました。例えば、天然の乳酸菌を利用して醸造する生酛造りは、速醸とよばれる通常製法に比して2倍以上の時間と手間がかかり、知識や経験のある職人の技術も必要です。そこで佐藤さんは、高齢化した季節雇用の職人を雇う制度をやめ、代わりに廃業した日本酒蔵の職人などに声をかけ、全国から集めた若手職人4人を社員にしました。

また、吟醸酒や純米酒の酒造りは温度管理にシビアです。そのため、仕込みタンクも冷却機能のついたタンクに買い替え、保管用の大型の冷蔵庫を入れる必要がありました。佐藤さんは既存の設備を廃棄し、2億円もの設備投資を行って一気に買い替えたのです。

このような、赤字経営の中での大胆な「攻めの投資」には、周囲の反発もあったことは想像に難くありません。しかし、組織の硬直化を人員の入れ替えなどでほぐし、結果的に攻めの投資を成功させたのです。背景には、「このままでは潰れる」という危機感と、それ以上に「添加物のない生酛純米酒を造りたい」という佐藤さんの強い価値観があったからといえるでしょう。

「生酛純米」にこだわってV字回復
●本社所在地:秋田県秋田市
●従業員数:18名
●社長:佐藤祐輔(1974年、秋田県生まれ。東京大学文学部卒業後、編集プロダクションなどを経てフリーのジャーナリストに。2007年に同社へ入社。12年に8代目社長に就任)
●沿革:1852年に初代佐藤卯兵衛が佐竹藩城下町にて創業。
入山章栄
早稲田大学ビジネススクール准教授
三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。2008年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールの助教授を務め、13年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』。
(構成=嶺 竜一 撮影=奥山淳志)
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