業界の枠を超えて、伝統工芸を元気にする

中川氏の第二創業の3つ目のステップが、「企業ビジョンの明確化」です。

同社の改革は成功して業績は上向きになり、黒字化。雑貨部門の売り上げは茶道具部門を超え、06年ごろから絶好調だったといいます。それにつれ、中川氏は次第に、物足りなさを感じるようになったそうです。

「目標の予算を達成しだして、次が見えなくなってきたんです。自分が何のために経営をしているのか、中川政七商店は何のために存在しているのかと考えて2、3年悶々としていました。そこに下りてきたのが、『日本の工芸を元気にする!』というビジョンでした」と中川氏は言います。自社の未来だけを求めるビジョンではなく、企業の枠を飛び出し、社会の未来・世の中を変えていく、というビジョンです。

「ビジョンは、Will(したいこと)、Can(できること)、Must(しなければならないこと)の重なり合ったものであるべきだ」と中川氏は言います。

そこで、「日本の工芸を元気にする!」という壮大なビジョンを掲げ、中川氏は、コンサルティング事業を行うことを決めます。マネジメント、デザイン、ブランディングなど、自ら達成した成功プロセスを、日本各地の伝統工芸企業に導入することで、廃業の危機にある企業を立ち直らせ、地域ブランドを再生させようと考えたのです。

中川政七商店がコンサルティングをして再生した企業の商品は、新しいブランドロゴをつけて中川政七商店のショップに並びます。結果、同社の商品ラインアップが増え、売り上げが上がります。社会的意義と実利がリンクしているビジネスモデルと言えるでしょう。現在までに12社が、同社のコンサルティングを受けています。

中川氏は今後、産地の観光事業にも進出するそうです。「日本の工芸を元気にする!」というビジョンは、周囲を巻き込んで拡大していくでしょう。

ビジョンの実現に向け、事業を多角化
●本社所在地:奈良県奈良市東九条町
●従業員数:388人(2017年2月)
●社長:13代中川政七(02年入社。製造卸から製造小売に業態転換を先導。08年社長に就任。16年に中川政七を襲名)
●沿革:1716年創業。1912年に製造も開始。83年株式会社化。06年販売店舗をオープン。09年コンサルティング事業を開始。
●業績:52億4000万円(17年2月期)、前年比111%
入山章栄
早稲田大学ビジネススクール 准教授
三菱総研を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。2008年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を務め、13年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。近著に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』。
(構成=嶺 竜一 撮影=市来朋久)
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