やがてカノムパンは地元にねづき、「あまりパンを好きじゃなかった男性が毎日通うようになってくれたり、SNSでパンが焼き上がったことを発信すると、近所の子どもがお金を握りしめてダッシュでお店に来てくれたり」という状況ができていった。当時のカノムパンについて、前田さんは「唯一無二だと思います」と胸を張って答える。

だが、オープンから13年目の2013年、当時共に働いていた仲間に引き渡す形で、前田さんはカノムパンを去った。店は葉山から鎌倉に移転し、現在も営業を続けている。

「『仕事がハード過ぎたから辞めた』ということではないんです。ちょうど10年目に、自分の中で『これで私のパンは完成した』と思ったから。天然酵母パンはやりつくしたから、卒業しよう、と。次は全く違うスタイルの仕事がやりたいと思うようになりました」

いろんな働き方をしてわかった“向いている形”

そしてたどり着いたのが、冒頭で紹介した「マリデリ」だ。週休3日、昼のみの営業という、カノムパン時代とは打って変わったスタイルを選んだ理由はこう説明する。

前田まり子『ブッダボウルの本』(百万年書房)

「『マリデリ』を始めた当初は、病気をして体力もなかったのでガツガツ働かない時期だったんです。お料理教室やメニュー開発をして過ごしていました。そんな時『キッチンがあいてるから、何かやらない?』と誘われて、自分のペースでできる範囲というか、ある意味軽いノリでお店を始めたんです」

今は「土日は家のことをしながら夫と過ごして、もう1日で仕入れをしたりお菓子を焼いたりしている」という。

「これまでいろいろな働き方をしたことで、自分に向いている働き方の見分けがつくようになりました。私はメニュー開発も含めて、自分ひとりでやるのが向いているんだろうな、って。どこかの会社やお店に入って、そこのルール通りに働くこともできなくはないんですけど、そうすると自分のやりたいことについて、何も考えられなくなってしまう。あまり器用じゃないんですよね。今は自分がやりたいことができる居場所もあるので、それで良かったのかな、と思ってます」

前田まり子(まえだ・まりこ)
フード・アーティスト
さまざまな飲食店で料理の腕を磨いたのち、自作のお菓子の卸し、クラブイベントへの出店などを開始。2000年、葉山に「カノムパン」をオープン。パンの製造販売、料理の提供、料理教室の主催、ラジオ・TV出演などを行う。現在はMarideli helps u lose ur mind名義でランチ、ケータリング、メニュー開発など、Natural&healthyをテーマに活動中。初のレシピ集『ブッダボウルの本』発売中。
(構成=須賀原みち)
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