中国に雲門和尚という高僧がおられました。ある日修行僧に云います。

細川晋輔『人生に信念はいらない』(新潮新書)

「十五日已前は汝に問わず、十五日已後、一句を道いもち来たれ」

「十五日已前」とは「過去」を意味しています。現代語訳するとしたら、「今日までの過去はあなたに問わない。今日以後について自分の思うところを、一つの言葉にして持って来なさい」と、雲門和商は修行僧に問いかけています。

2015年のラグビーワールドカップで善戦し、大きな話題を呼んだラグビー日本代表。その中心選手の五郎丸歩選手を支えていた言葉は、「今を変えなければ、未来は変わらない」というものであったと新聞記事にありました。

その前の大会の時、メンバー入りがかなわなかった五郎丸選手は、ある日のミーティングでジョン・カーワンヘッドコーチ(当時)に「過去は変えられるか?」と問われ、「変えられません」と答えた。続いて「未来は変えられるか?」と聞かれ、今度は「変えられます」と答える。するとカーワン前ヘッドコーチは次のように言ったのです。

「違う。お前が変えないといけないのは、今だ。今を変えなければ、未来は変えられない」

「日日是好日」が意味するところ

過去や未来ではなく、今を見なければならないのは、何もスポーツ選手だけではありません。お釈迦さまも「過ぎ去ったことをいつまでも悩んだり、未だ来ていない未来を心配したりするなら、人間は枯れ草のようになるだろう」と示されています。それでも私たちは、どうしても過去に囚われ、未来を憂えてしまうのです。

誰も答えない修行僧に変わって雲門和尚は云われます。

「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」

簡単に訳するなら、「毎日は幸せにあふれた連続」となるでしょうか。

しかし、私たちの人生は本当にそうでしょうか? 大事な人が亡くなったり、かわいがっていたペットが死んでしまったり、仕事で失敗したり、家族や恋人とケンカしたり……。考えてみると毎日が幸せどころか、辛いことの方が多いのが人生といえます。

では、「未来」を幸せなものにするためにはどうしたらいいか。それは、過ぎ去ってどうしようもない「過去」を嘆くことでもなく、未だ来ぬ未来を心配することでもありません。「即今目前」、つまりまさに今、目の前のことを、「人生を好日にするチャンス」にするしかないのです。

日常生活の中にある辛いことや悲しいことに意味と価値を見出し、それを「未来を幸せにするためのチャンス」と認識することができたならば、今日という一日は「好日」と呼ぶにふさわしいものとなるはずです。

細川晋輔(ほそかわ・しんすけ)
禅僧 龍雲寺住職
1979年、東京生まれ。佛教大学卒業後、京都にある臨済宗妙心寺の専門道場にて9年間の修行生活をおくる。2013年より現職。祖父は名僧・松原泰道。
(写真=iStock.com)
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