数字というのは事実を数値化したものであるが、眺める角度によって変わることも知らなくてはいけない。
冒頭で紹介した記事では、製造業のGDP比が22%(80年)から12%に落ちたとあったが、アメリカ製造業のピークは53年で、GDP比で28.3%という数字である。それが08年には11.5%にまで落ちた。
これは事実だが、GDPそのものが伸びると同時に製造業の生産高も伸びており、衰退という言葉とは程遠い。
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このような見方は、一本の木だけをみて森を見ていないのと同じである。アメリカの「製造業協会(The Manufacturing Institute)」が09年10月にだした報告書によると、「47年から08年にかけてのアメリカのGDPと製造業界のGDPはともに7倍になっていた。過去61年間、不況時での減少こそあるものの、製造業の生産は伸び続けている。
ブルッキングズ研究所のアラン・ベブービ研究員が説明する。
「中国の製造業は相対的に価値が低い物品の製造が中心なのです。一方、アメリカの製造業は化学製品や薬品、宇宙工学で使用される部品など、価値の高いものへすでにシフトが終わりつつあります。産業構造をみると製造業よりもサービス業の方が大きなウェイトを占めますが、アメリカは今後輸出を拡大させるためにも、益々高価値の商品を生み出していく傾向が強まると思います」
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アメリカ取材で「価値の高いものへのシフト」としての具体例を耳にした。アップル社のiPod。
アメリカでは種類にもよるが、ある機種の市販価格は09年暮れ299ドル(約2万6900円)だった。商品のデザインと開発、マーケティングはすべてアメリカ人が手がけている。299ドルの中で製造コストは約半分の150ドル。製造は日本、中国、台湾、シンガポールなどが行っている。
前出のアイケンソン氏によると、「中国の取り分は6ドル(約540円)に過ぎない」という。利益のほとんどをアメリカと日本が取り、それをさらなる製品を次なる商品(アイパッド)のR&Dやマーケティングにつぎ込めたわけである。
この例から分かることは、多くの製品が多国間による共同作業の結晶ということである。しかも高い価値の製品にシフトしたアメリカが、依然として世界の製造業でリードを保っている。同じことがiPadでもいえるはずだ。
さらに、中国からの輸入品がアメリカ市場に氾濫しているように思えるが、現場では捉え方が違う。たとえば中国の港湾からアメリカ西海岸ロングビーチに運ばれる物品の約45%だけが中国産という数字がある。残りはアメリカ企業をはじめとする他国の企業がアジア諸国で製造した物がカリフォルニアに上陸しているのである。
表層には簡単に表れない構造的な利点から、アメリカの製造業はいまでも世界のトップに君臨しつづけ、GDPで日本を抜き去ろうとしている中国に依然として距離をおいている。それは競争力という点における強さであり、将来にどれだけ投資できるかということでもある。