しかしその直後から、駆け込み需要の反動やエネルギー価格の下落が生じ、物価上昇率は低下を始めた。危機感を持った日銀は14年10月に「黒田バズーカ第2弾」と呼ばれる追加緩和策として、約60兆~70兆円から80兆円へと長期国債買い入れの拡大を決定。翌15年半ばに1ドル125円台まで円安は進んだが、物価上昇率は同年夏頃からマイナス圏に逆戻りしてしまった。最近はようやく1%に戻ってきたが、エネルギー価格の上昇を除くと0.5%程度でしかない。

そもそもインフレで景気が上向きになるのは、先行き値段が上がるなら「いまのうちに買っておこう」と消費の前倒しが起こるからだと考えられている。しかし住宅や自動車などの高額な買い物ができるのは、これから収入が増える見込みがある場合だ。

円安によって企業業績は一時的に向上しても、賃金上昇が続くと将来を楽観できなければ、消費は活発にならない。年金で暮らす高齢者になると、物価が上昇すれば将来への不安が高まるから、むしろ節約しようという発想に向かいやすい。

年2%インフレ率未達成でも再任された理由

日銀政策委員会は、物価上昇率の見通しを公表してきた。15年度と16年度の予想は当初は2%近辺だったが、いずれも年度末が近づくにつれて下方修正され、最終的には0%、またはマイナスとなった。17年度以降も下方修正のパターンは繰り返されている。この5年間で6回も目標達成時期が先送りされた。いつまでも到達できない様子はまるで「逃げ水」だ。

年2%のインフレ率が達成できない原因のひとつに、日本はサービス価格が上がりにくいことが挙げられる。現在インフレ率が2%前後の米国の場合、医療費や上下水道代、配送料、大学授業料などは過去10年の累積で50~70%も上昇している。一方で自動車、家電、衣服などは、日本と同様にほぼ横ばいか下落だ。この例を見ると、日本もサービス価格が上昇しなければインフレ目標を達成できないが、それには所得の増加が必要だ。

目標未達の黒田総裁がそれでも再任された最大の理由は、黒田日銀が進めてきた金融政策が安倍政権にとって「心地よいから」だろう。日銀が大量に国債を買い入れたり、マイナス金利導入で金利は下がっている。巨額の借金を抱える日本政府にとって、金利の支払いが減る状況は非常に好都合といえる。また、政府は株価を重視しているので、日銀が年6兆円ものETFを買い入れて株価を下支えしてきたことも喜ばれている。