政府は日本銀行の黒田東彦総裁を再任する人事案を示した。日銀総裁を2期連続で務めるのは54年ぶりだ。異例の2期目に入る黒田総裁は異次元緩和の出口を描く必要があり、市場では「金融緩和の引き締めを狙っている」との見方が強まっている。一方で憲法改正を狙う安倍首相は円安・株高で世論の支持を高めておきたいはずだ。安倍首相と2期目の黒田総裁の間で、「適温経済」に覆い隠されていた不協和音が顕在化する可能性が出てくる。名古屋外国語大学の小野展克教授が解説する――。
黒田2期目の安倍首相との関係は同床異夢に。写真は衆院予算委員会で答弁する日銀の黒田総裁(写真=時事通信フォト)

黒田再任の狙いは麻生財務大臣と対立回避

政府は2月16日、4月に任期を迎える日銀の黒田東彦総裁の再任案を提示した。副総裁には日銀理事の雨宮正佳氏、早大教授の若田部昌澄氏を起用する考えだ。欧米を中心とした金融引き締めの流れの中、米長期金利の上昇に伴う世界経済の波乱リスクや円高による日本企業の収益への打撃など内外の経済には懸念材料が山積みだ。

そんな中、2期目の黒田総裁には異次元緩和を波乱なく出口に導くという難題が待ち受ける。引き締めへの転換は政権との摩擦を生みやすい上、市場との円滑な対話も不可欠だ。2期目の黒田日銀の布陣を点検しながら、今後の課題について考えてみたい。

まず、日銀総裁の人事権を握る安倍晋三首相は、黒田総裁の続投の是非はどう考えていたのだろうか。安倍首相は日銀が大胆な金融緩和を実施、物価が持続的に下落するデフレの脱却を実現することを掲げて首相の座に返り咲いた。決して、憲法改正を全面に掲げていたわけではなく、デフレ脱却による日本経済の再生が自民党総裁選や衆院選でのアジェンダだったのだ。

そして、金融緩和の実践者として白羽の矢が立った黒田総裁は異次元緩和の導入で、その期待に応えた。その結果、もたらされた成果は円安、株高、そして失業率の低下だ。一方、前年比の消費者物価上昇率は1%に届かず、2%の物価目標は達成できていない。肝心のデフレ脱却への道筋は、まだ見通せていないままだ。

しかし、経済指標の改善は、安倍政権の支持率を高める「ポリティカルキャピタル」(政治的な資本)の蓄積に貢献した。黒田が長期政権を支えてきた功労者の一人なのは間違いないだろう。

安倍首相を返り咲きせた看板政策(3本の矢)の担い手である上、ポリティカルキャピタルを拡大させた黒田総裁の続投は自然な流れだと言えよう。

「自民党総裁選で、安倍首相が最も警戒しているのは麻生太郎財務相だろう。財務省が人事の事務等を所管している日銀総裁を交代させるカードを切り、例えば側近の本田悦朗スイス大使などの起用を検討すれば、麻生財務相に、安倍首相と対立する口実を与えることになる。麻生財務相の反乱を未然に防ぐ意味でも黒田総裁の続投が、最善の手でした」
官邸筋は、こう舞台裏を語る。

安倍首相にすれば「対麻生」を想定した政治的な意味でも、黒田総裁続投で日銀総裁人事を「政争の具」にしないことが合理的な選択だったのだ。