
「乳腺外科医わいせつ疑惑」事件とは
2016年5月、東京都内の病院に勤務する男性外科医のA医師(現在49歳)が、当時30代の女性B子の右胸から乳腺腫瘍を摘出する手術を行なった後、B子から「左胸を舐め回され、乳房をはだけさせて自慰行為をされた」などと訴えられて警察官の取り調べを受けた。
警視庁科学捜査研究所の鑑定ではB子の胸からはA医師のDNA型が検出され、同年8月に逮捕、9月に準強制わいせつ罪で起訴された。
この事件に関して、医療関係者の間では、直後から
「全身麻酔後によくあるせん妄(幻覚)だったのでは」
「DNAは診察中の会話などで付いたのでは(コロナ以前の事件だったのでマスクは厳格でなかった)」
などと話題になっていた。「裁判できちんと審議されれば、速やかに疑いは晴れるだろう」と楽観的に予想した医師が多く、私もその一人であった。
無罪→有罪(実刑2年)→最高裁で破棄→差し戻し控訴審無罪
その予想通り、東京地方裁判所で無罪判決が言い渡された(2019年2月)。胸を舐められたとするB子の証言について、全身麻酔後によるせん妄と判断されたのだ。証拠とされたDNAは、鉛筆で記載されたワークシートしか残っておらず、DNA抽出液はすでに廃棄されていて、「証明力は十分なものとは言えない」とされた。「これで一件落着」と多くの医師が安堵していたが、東京地検は判決を不服として控訴した。
すると、2020年2月の控訴審では無罪判決は破棄された。せん妄の可能性は否定され、懲役2年の実刑判決がA医師に言い渡されたのだ。弁護側は即日上告し、日本医師会は記者会見で「極めて遺憾」と表明するなど、医療界は騒然となった。
そして、2022年2月。最高裁はせん妄の可能性を認めた上で、検出されたDNAの量に対する検討が不十分だと二審の有罪判決を破棄し、東京高裁に審理を差し戻していた。
2025年3月12日、その差し戻し控訴審では一審判決を支持し、無罪が確定した。事件から約9年の時間が過ぎていた。
※「乳腺外科医事件に再び無罪判決 弁護団は『遅すぎる』と批判 『長くて辛い日々だった』と医師」(Yahoo!ニュース、2025年3月12日)