副総裁の2人は「実務家の雨宮」「リフレ派の若田部」

副総裁に起用された雨宮氏についてはどうか。2003年に日銀が量的緩和政策の導入した際に立案に手腕を発揮するなと早くから「日銀のプリンス」と呼ばれてきた。雨宮氏は、2013年に黒田総裁から就任してからは、異次元緩和の原案を事務的に取り仕切り、実務面で黒田総裁を支えてきた。

「国債を年80兆円も買い進める黒田総裁の異次元緩和は、実質的に財政赤字を日銀がファイナンスすることになるから、伝統的な日銀マンには受け入れられない政策で、日銀の有力OBから雨宮さんには強いプレッシャーがかかっていた」

日銀幹部はこう言う。日銀の伝統的な政策運営を弾力化し、時の政治、経済情勢に応じて、臨機応変に政策を立案、実施できるのが雨宮氏の強みだ。

2期目の黒田日銀では、異次元緩和の出口に向けて政治との調整や市場との対話が難しくなる中、雨宮氏の手腕が一段と問われることになる。そんな中、日銀プロパーの中曽宏氏からの交代は、日銀内部の秩序にも沿ったもので、既定路線だと言えるよう。日銀の組織の論理としては、黒田総裁の次の総裁に、日銀プロパーの雨宮氏を昇格させたいとの思惑もある。

では若田部氏はどうだろう。リフレ派の筆頭格の学者で、現在の80兆円の国債買い入れ額を90兆円に引き上げ、デフレ脱却を目指すべきという持論を持つ。若田部氏の起用は、異次元緩和が維持されるイメージを市場に与え、安倍政権の意思を日銀という組織に根付かせる意味もある。

一時は、総裁就任に意欲を示していた本田悦朗氏(駐スイス大使、元内閣官房参与)を副総裁に起用する案も浮上した。本田氏はリフレ政策を安倍首相に授けた安倍首相の側近でもある。ただ、本田氏は財務省の出身だが、消費増税の反対を続けるなど財務省が掲げる財政健全化とは距離を置く。そこで安倍首相の財務省への配慮から本田氏の起用は見送られ、本田氏と考えの近い若田部氏が起用された側面もありそうだ。

新首脳も含めて日銀政策委員メンバーを色分けるすると、審議委員の片岡剛士氏がもっとも強力なリフレ派で、緩和の据え置きを決めた金融政策決定会合で、一段の金融緩和を求めて反対票を投じている。原田泰氏も、リフレ派を掲げているが基本的には、黒田総裁率いる執行部と足並みを揃えており、現実路線だ。副総裁の起用される若田部氏はリフレ派の論客として知られており、黒田副総裁ー雨宮副総裁の執行部ラインとどのような距離感を取るのか、注目される。

海外投資家は黒田総裁を「引き締め派」とみている

「緩和維持を好感」――。

新聞などのメディアは、多くの市場関係者が、黒田総裁続投を異次元緩和継続のサインとして歓迎しているというメッセージを載せた。しかし、黒田総裁をいまだに緩和を強力に推進する「リフレ派」と位置付けているプロの市場関係者は少ないだろう。

2016年の秋に、黒田日銀は10年物国債の金利をゼロ近辺に誘導することを軸とした「長短金利操作付き質的・量的金融緩和」を導入した。この政策は表向き緩和の強化を掲げているが、事実上、量的緩和は縮小へと向かっている。市場では「ステルス・テーパリング」(ひそかな量的緩和の縮小)と呼ばれ、国債の購入ペースも年80兆円から大幅に減っており、異次元緩和は、巨額の国債購入という中核部分が、急減速しているのだ。

現在、日銀が保有する日本国債は、発行量の4割を超え、黒田総裁が就任する前の2012年12月と比べると3倍以上に激増している。これだけのペースで国債の買い入れを進めながら、物価は想定通りには上昇せず、日銀が日本国債を買い尽くしてしまう懸念から黒田日銀は急ブレーキを踏んだのだ。

外資系証券のエコノミストは言う。

「最近、ウォール街の投資家の中で、日銀の動向への関心が非常に高まっている。欧米の中央銀行が金融の引き締めに向かう中、日銀も引き締めの機会をうかがっていると投資家は考えている」

むしろ、投資家は黒田総裁を「引き締め派」と考え、異次元緩和の出口がいつ、どのように実施されるかに関心が集まっているのだ。

さらに、米長期金利の指標となる10年債の利回りが一時、3%近くまで急上昇したことは、日米の株価に乱高下をもたらすなど世界経済の懸念材料だ。長期金利の上昇は、景気回復への期待感の反映である側面と、米トランプ政権の財政出動や大型減税による米財政赤字の悪化を懸念する側面を持つ。

急激な米国長期金利の上昇は、新興国から米国への資金の還流を招いて、新興国経済に引き締め効果をもたらし、世界経済を思わぬ減速に導く心配もある。しかも、円高が、国際的に展開する日本企業の収益にダメージを与えることも懸念材料だ。

本来なら米金利の上昇は日米金利差の拡大を生み、むしろ米ドルを高く、日本円を安くする効果があるはずだ。それにも関わらず、円が買われる背景には、「安全資産」であり「デフレ通貨」である円に資金が逃避している側面があることも見逃せない。

こうした中、黒田日銀としては、国債の買い入れペースの鈍化だけでなく、マイナス金利の解除やゼロ近辺としている長期金利の誘導目標を引き上げておきたいのが本音だろう。世界経済が動揺した際には、有効な金融緩和の手だてを用意しておきたいと考えるのは中央銀行の常だからである。