さらに難しいのは、当然のことながら現場では、効率性を重んじる結果、各部門に任せておいては、働きやすさを基準として考慮しにくいことである。働きやすさは必ずしも効率性と対立するわけではないが、その結節点を見つけるには工夫が要る。そのため部門の長は、結局業績に直結した基準を優先するのである。しばしばワークライフバランスなどの働きやすさ改革が、経営者の責任だと言われるのはこうした背景があるからだろう。

ちなみに長野県の伊那食品工業や、岐阜県の未来工業などは、経営者主導で従業員の働きやすさに大きなウエートを置いた人材戦略をとっている企業である。伊那食品工業の塚越寛氏や、未来工業の山田昭男氏などの経営者は、今はかなりメディアでも取り上げられるようになったが、かなり前からこうした人材戦略を採用してきた。また、これらが中堅規模の企業であるからできるのだというのであれば、よく知られたダイキン工業の井上礼之氏の「人を基軸とした経営」もある。

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働きやすさと働きがいを高めるために

いずれにしても、今働きやすさには逆風が吹いている。前述のデータも、読み方を変えれば、現在の職場で働きやすさが乏しいために、働きやすさを追い求めて転職をする姿なのかもしれない。働きやすさを重視した人材戦略は、経営者主導により、それを基軸として仕事や職場を再設計することから始まる。

ただ、こうした働きやすさという次元が、一つの大きな特徴をもっているのも事実である。簡単に言えば、働きやすさは、組織にいることの受け身の幸せ感にはつながりやすいが、必ずしももっと積極的な、意欲ややりがいにはつながりにくい点である。例えば、働き方の選択肢が自由で柔軟性が高い場合、その企業にい続けたいとは思っても、それが自らの仕事に打ち込む意欲の源泉となるかどうかはわからない。つまり、働きやすさは、働く人の意欲やモチベーションを必ずしも高めるわけではないのである。

実は、こうしたことはかなり昔から組織行動研究の分野では議論されていた。最近では、マーチン・セリグマン(Martin Seligman)という心理学者が、幸せ感(happiness)には、普通の幸せ(well-being)と、真の幸せ(authentic happiness)があり、後者は、自分の能力を発揮する機会を与えられたり、大切だと価値を置いている仕事に携わったり、または自分にとって意味がある課題に取り組んだりして、自己充実を感じるときに感じる幸せ感だという主張をしている。