ここまでV字回復できたのは、さまざまな要因があったと吉田氏は話す。

「それまで私が携わっていた富山県の鉄道に比べて、海浜鉄道は恵まれていました。ひたちなか市の人口は約15万5000人で茨城県内4位。沿線には県内有数の観光地もあるからです。なぜ、これで廃線危機を迎えたのか。まずはそこから検証しました」

県内有数の観光地とは、年間約200万人が訪れる「国営ひたち海浜公園」、同約150万人の那珂湊「おさかな市場」をさす。そこで、開業2年目に「阿字ヶ浦駅←→海浜公園」の無料シャトルバス運行を始めた。これが大人気となり、相乗効果も生まれた。

ネモフィラの花が満開のひたち海浜公園(写真提供=ひたちなか市)

「シャトルバスの乗客の3割ぐらいは、『おさかな市場』にも寄っていただけたのです。それまでは海浜公園や市場など、沿線の魅力を発掘する“あるもの探し”の意識が弱く、営業活動の本気度も欠けていたと思いました」(吉田氏)

ただし、こうした「観光客」頼りでなかったのが、同鉄道のV字回復の本質なのだ。

通学定期の大幅割引実施で高校生の利用が増大

「地域の人が乗ってこそ、ローカル線の役割がある」と吉田氏は力説する。そのため就任すると、ひたちなか市やひたちなか商工会議所とも連携して、通学定期の大幅割引を行った。「120日分の往復運賃を払えば1年間乗り放題」という年間通学定期券を発売し、地域で「説明会」を実施したところ、沿線の高校生の利用が一気に増えたのだ。

ひたちなか海浜鉄道を使う地元の高校生たち(写真提供=ひたちなか市)

実は、多くのローカル線は、イベント列車など「観光客」誘致で乗客数増を図ろうとする。だが、“沿線住民の足”という本来の使命からいえば主客転倒だ。海浜鉄道もイベント列車を走らせるが、毎日のように利用する「定期客」第一という姿勢を貫く。その意識は吉田氏だけではない。実は、ひたちなか市の本間源基市長の持論でもある。

2002年にひたちなか市長に初当選した本間氏(現在4期目)は、公共交通の重要性に早くから着目し、2006年には市内で「コミュニティバス」(愛称:スマイルあおぞらバス)の運行を開始した。 “クルマ社会”の地域ゆえ、当初は周辺住民の理解を得られなかったが、現在は路線の充実拡大を望む声が大きい――と聞く。