「The DNA journey」キャンペーンとは

世界各地から参加者が集められ、「自分にとっての母国はどこか」「他の国にどのような印象を抱いているか」などと質問される。誰しも、生まれ育った国への愛着を抱いているのと同時に「正直言って、あの国の人は嫌い」など多かれ少なかれ、偏見があることが明らかになる。

嫌いな国はあるかと問われ、「トルコが嫌い」と答えた女性は、トルコ・コーカサス地方がルーツの一つと分かって驚く

インタビューの後、ルーツを探るためのDNA検査が行われる。そして、2週間後にテストの結果が発表されたとき、集まった人々は驚いた。結果はまるで想像と違っていたからだ。例えば、「自分は100%アイスランド人だ」と答えていた男性は東欧、スペイン、ポルトガル、イタリア、ギリシャのDNAの持ち主だった。「嫌い」と答えた国が、自分のルーツのひとつだと判明した人もいた。想定外の結果に驚き、感激し、涙ぐむ人もいたほど。

自分はもちろん、母も祖母もフランス人だと話していた女性。DNA検査の結果、自分のルーツの32%がイギリスだと知る

動画に登場する面談員はこう問いかける。

「自分のルーツを探す旅に出たいと思いますか?」

参加者全員が「Yes!」と答え、「広い視野を持つことで、新しい世界が広がる。」というMomondo社からのメッセージが流れる。

シンプルなメッセージと、明確な答えが大切

このキャンペーンが訴えるメッセージは非常にシンプルなものだ。「人類は皆、兄弟である」「他国への偏見や差別意識を持つのは間違っている」……。いずれも、過去にも聞いたことがあるものだろう。しかし今でも、国や人種を越える普遍的な問題だ。

加えて、この動画はとてもシンプルだが、最新の科学技術を用いて「明確な答え」を示している。見る人の主観でどうとでも取れるような、曖昧な答えではない分、メッセージが力強く響く。

さて、「そもそも」を啓発するPRを実施する上で、もうひとつ重要なポイントがある。それは、時間軸を意識することだ。いくら普遍的なメッセージといっても、いつ発信してもいいわけではない。ヒット商品がリバイバルするように、その価値観やメッセージが注目される瞬間と、そうではない瞬間がある。そのタイミングをつかむには、しっかり世の中を観察する必要がある。

「The DNA journey」キャンペーンが支持された背景には、前述のようにトランプ政権の誕生や難民問題の悪化など、前提となる文脈がある。行き過ぎた愛国主義への疑問や不安。果たして、これでいいのか? という思いが無数に点在している中に、このキャンペーンが打ち出されたからこそ、たくさんの気付きを喚起し、多くの人の心を引きつけたのだ。これがもし、「世界をひとつに」という潮流が盛り上がっているタイミングに発表されたらどうだったか。おそらく、今回ほどは盛り上がらなかっただろうというのが僕の推測だ。

みんなの“もやもや”を「世間の空気」に変える

日本人はけっこうこの「そもそも」が好きな民族だ。その「そもそも」がうまく腹落ちすれば、人々は絶賛し、引きつけられ、賛同する。「以心伝心」の日本人は思っていることを腹に抱え込むことも多く、それが大衆心理化することも少なくない。だからこそ、「よくぞ言ってくれた!」というカタルシスが強まるのも日本人に多い傾向なのかもしれない。

PRの役割のひとつは、社会になにがしかの合意形成をもたらすことだ。表面化しそうでいてしていない領域を狙い、みんながひそかに気にしていた“モヤモヤ”を晴らす。それは簡単なことではないけれど、モヤモヤ感がある領域を突くことで、一気に「空気」ができることがある。これは、知っておいて損はないはずだ。

本田 哲也(ほんだ・てつや)
ブルーカレント・ジャパン株式会社 代表取締役社長/CEO。1970年生まれ。戦略PRプランナー。「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWeek誌によって選出された日本を代表するPR専門家。99年、世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年、ブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。2009年に『戦略PR』(アスキー新書)を上梓し、広告業界にPRブームを巻き起こす。『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(田端信太郎氏との共著、ディスカヴァー刊)などの著作、国内外での講演実績多数。2015年よりJリーグマーケティング委員。2015年の『PRWeek Awards』にて「PR Professional of the Year」を受賞。「カンヌライオンズ2017」PR部門審査員。
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