そうすると、「いいだろう」とうなずき、彼はまたCDラジカセ(当時)のリピートボタンを押す。インタビューは始まらない。
6回か7回、リピートした後、「野地ちゃん、これ、持って行っていいよ」とCDを取り出した。
よし、これでインタビューだと思ったら、彼はどこからか出してきた新しいCDの包装フィルムを破き、ラジカセに入れた。
「遠慮しないで。このCD、あと3枚くらい持ってるから。降さん(降旗監督)にあげたら、いい曲ですねって言ってた」
結局、その日、わたしはインタビューはできたけれど、クリス・レアとシャーリー・バッシ―についての感想しか聞けなかった。そのインタビュー記録はこれまで発表できなかったので、今回の著作『高倉健ラストインタヴューズ』に収録してある。
高倉さんが信頼していたライターの谷充代さんは著書『高倉健という生き方』でテーマミュージックについて、こう書いている。
「(『海へ-See You-』1988年)取材二日目は、ロケ現場での立ち入り規制が幾分やわらいだ。撮影の合間、ヘッドホンで何かを聴いている健さんに、ある記者が『何をお聴きですか?』とたずねると、健さんは『難破船です』と答えた。
ようやく健さんの肉声を聞くことができた記者たちは一斉にそれをメモし、後日、スポーツ紙には『健さん、難破船を聴く』という見出しが並ぶことになった。
もっとも何年か後でその話をすると、健さんは『そんなことあったね。でも実は記者の人たちに囲まれていたときはまったく別の曲を聴いていたんだよ』と笑った。
健さんの部屋にも、スタッフルームにも、必ずと言っていいほど音楽が流されている。ほとんどは健さんが用意するのだが、私もCDを交換する機会があった。迷いながらも井上陽水のアルバムをかけた。『とまどうペリカン』が流れ、ペリカンがライオンに想いを打ち明ける切々とした歌を聴きながら、健さんは『素晴らしい詞だな』と言った。
その後、取材の合間に何回となく聴いてみたが、健さんを追いかけ、その言葉を原稿にする自分もまたライオンを追いかけるペリカンかもしれない、と思った」