テネシーワルツは通じることのない愛のうた
では、高倉健にとってもっとも感情が高ぶる映画音楽とは何か。
それはやはり『鉄道員 ぽっぽや』(1999年)で使われた『テネシー・ワルツ』だろう。降旗監督はなぜ、この曲を使ったかについて、こう語っている。
「テネシー・ワルツにすると伝えた時、健さんは『この曲を使うなら芝居できない』と言ったんです。でも、僕はこう話しました。『健さん、僕らにとって最後の作品になるかもしれないから、個人的な感情はあるかもしれないけれど、それがあるがゆえにいいじゃないか』。そうしたら、うん、そうかもしれないと言ってくれました」
テネシー・ワルツは亡くなった夫人、江利チエミが1952年にヒットさせた曲だ。高倉さんは大学時代、この曲を好んで聴いていた。江利チエミが大好きだった。そして、映画での共演を機につきあうようになり、結婚。しかし、離婚する。江利さんは45歳で亡くなる。彼が久しぶりに『鉄道員』でそのメロディを聴いた時、わたしたちには想像もできない感情の揺れがあったと思われる。ほんとうにどういったものか、今も想像できない。
だが、高倉健ファンのジャズ歌手、五十嵐はるみさんと話していて、高倉さんとテネシー・ワルツの関係について、ひとつの答えを得たような気がした。はるみさんはこう言った。彼女はテネシーワルツをカバーしていて、ライブで歌っている。
「健さんがチエミさんを想い、追い求めて聴いたテネシーワルツ、そんな健さんを私が想い、追い求めて歌うテネシーワルツ。私の健さんに対する想いも、健さんのチエミさんに対する想いも、比較しては申し訳ないけれど、でも、絶対に相手には通じることがないんです。テネシーワルツって、人を愛する歌ですけれど、でも、その愛が伝わらない悲しさを持っています」
はるみさんのコメントはテネシー・ワルツと高倉さんの人生を的確にとらえている。それだけにとても悲しい。