あなたのフェラーリを持ってますか?

映画に流れる曲の他に、高倉健は出演映画のひとつひとつに自らテーマミュージックを設定して、いつも聴いている。

「今回の映画ではこれを聴く」と決めたら、CDを10枚くらい、買いこんで、控室で流す。車でも聴く。自宅でもその曲ばかりをかける。降旗監督や木村大作さんに「これ聴いてよ」と渡す。ひとつの曲を決めたら、それを愛聴して撮影に集中する。メロディに体をゆだねて演技プランを練り上げる。音楽を楽しんでいるというよりも、心のスイッチにして、無我の境地に入り込んでいく。

『高倉健ラストインタヴューズ』(野地秩嘉著・プレジデント社刊)

『鉄道員』の撮影で高倉さんがテーマと決めたのはイギリス生まれのシンガーソングライター、クリス・レアの一曲だ。

『ラ・パッショーネ』という映画のサントラ盤であり、なかにレアとシャーリー・バッシ―がデュエットしている曲がある。

『Shirley Do You Own A Ferrari?(夢のフェラーリ)』

初めて聞いた時、わたしは「高倉さんはドラマチックでバタ臭い曲が好きなんだな」と思った記憶がある。『夢のフェラーリ』はシャーリー・バッシ―が朗々と歌い上げるアリアのようなナンバーだ。

わたしが高倉さんの控室を訪ねた時、「とにかく、聴こうよ」と言って、なかなかインタビューに応じてくれなかった。そして、曲の内容を説明し始めた。

「あなたはあなたのフェラーリを持ってますか? フェラーリとはあこがれのことだよ。あなたはあなた自身のあこがれを持ってますか? 僕らはそう聞かれてるんだよ。つらいねえ。正面からそんなことを聞かれても困るだろう。僕のあこがれはこれです、僕の夢はこれですってなかなか答えられないだろう、そう思わない?」

確かに、その通りで、わたしもまた答えに詰まった。気の利いた返事はできなかった。

そのまま控室では『夢のフェラーリ』が流れ続ける。いっこうにインタビューは始まらない。けれども、「もうやめて話をしてください」なんていう度胸はない。

「いい曲です。うっとりします」と言うしかない。