それを背景にトランプ大統領は9月の国連演説で拉致問題を含める形で北朝鮮問題に強く言及し、アジア歴訪直前にアジア太平洋地域の安全保障を所掌する国防次官補に対中強硬派のランドール・シュライバー氏を指名。アジア歴訪中には西太平洋で空母3隻を使った軍事演習を実施して見せ、来日時には安倍首相との蜜月関係を演出した。アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議などでは「自由で開かれたインド太平洋戦略」という言葉を使い同地域への積極的な関与を表明した。日米豪印を中心とした外交・安全保障上の対中包囲網は安倍政権が従来主張してきた政策に符合するもので、この戦略はトランプ大統領独自のものというより、日本政府の筋書きにトランプ大統領が乗っかった可能性が高い。

一方、米中は約28兆円に及ぶ巨額の商業取引に関する発表をしたが、通商政策上の懸念に関する進展は見られない。その取引内容についてすらすでに合意していた内容が多く含まれるのではないかと米「ウォール・ストリート・ジャーナル」などから指摘されている。米中の巨額取引の公表は、実は両者の間に入りつつある深刻な亀裂を覆い隠す布のような役割となっている。

そんな中、今回のトランプ大統領のアジア歴訪で、日本政府はTPP11大筋合意に至ることによって、2国間交渉にこだわるトランプ大統領とアジア諸国への圧力を強める中国の両者に対する独自色を打ち出すことに成功した。TPP撤退はトランプ政権が打ち出した政策ではあるが、実際には共和党関係者からも撤退を疑問視する声が多い。TPPが目に見える形で進展することで米国経済に不利益をもたらすことが明らかになれば、トランプ政権が方針転換に動く可能性も否定できない。

現在のところ、トランプ大統領の言動は同氏が意図したものかどうかにかかわらず、米国にとって多くの政治資源を必要とする対中包囲網にまい進する安倍政権の筋書き通りに進んでいる。トランプ政権は歴代政権が積極的関与を避けてきた同地域の政治に引きずり込まれつつある。アジア太平洋地域の情勢はトランプ政権の外交・安全保障戦略の体制が整う前に勝負を仕掛けた安倍政権の1人勝ちの様相だ。

(写真=時事通信フォト)
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