企業に任せていても賃金が上がらないことが明らかになったのですから、本来、政府がやるべきことは、労働者の手取り所得が増えるようにする政策です。そのために一番簡単な方法は、消費税率を5%に戻すことです。

そうした話をすると、「消費税を下げる財源などない」という話になってしまうのですが、財源はあります。それはタックスヘイブン課税です。日本は、すでに米英を抜いて、世界一のタックスヘイブン利用国になっており、その額は80兆円にも達します。ここに課税をすれば、10兆円単位の税収がすぐに入ってくるのです。

プライマリーバランスを考えて行動する人などいない

いま経済学者の間で、プリンストン大学のシムズ教授が提唱する「シムズ理論」が注目されています。シムズ理論の骨子は「実質政府債務が将来のプライマリーバランスの割引現在価値と一致するよう物価が調整される」というものです。

この理論に基づいてシムズ教授は、「アベノミクスの金融緩和でデフレが脱却できない理由は、物価目標を達成する前に消費増税をしたからだ。今後は物価目標を達成するまでは、少なくとも消費税増税を凍結するべき」だと主張しています。

現在、学者の間でシムズ理論の評価は大きく分かれています。私は、政策の方向性は正しいと思いますが、理論に関しては若干疑問があります。国民は、プライマリーバランスの割引現在価値などという難しいことを考えて行動していないからです。優秀な経済学者がしばしば陥る罠は、他人も自分と同じくらい頭がよいと思い込んでしまうことです。

もちろん、世の中には頭のよい人もたくさんいますから、シムズ理論もある程度までは成り立ちますが、頭がよい人は一部に限られるので、経済全体としてみると、完全に理論通りには動かないのです。

シムズ教授の言うように、消費増税でアベノミクスが失速したことは事実ですが、その主因は、消費増税によって消費者の実質所得が減少したことです。だから、シムズ教授の指摘通り、消費税率を2019年10月から10%に引き上げたら、デフレ脱却がさらに遠のくのは間違いないのですが、消費税凍結でデフレ脱却ができるかどうかは疑わしいと言わざるを得ません。凍結では消費者の実質所得が増えないからです。

実質所得を増やし、デフレ脱却を確実にするための唯一の方法は、消費税率を5%に戻し、なおかつ将来の再引き上げを政府が明確に否定することでしょう。