不倫文学の最高峰『死の棘』

不倫を扱った小説は数多くある。夏目漱石の『それから』や志賀直哉の『暗夜行路』などだが、中でも島尾敏雄の『死の棘』は不倫文学の最高峰といえるであろう。

自分の不倫が妻・ミホの知るところとなり、尋常でない夫婦喧嘩を繰り広げた挙句、妻が精神科病院に入り、島尾も介護人として付き添うことになる。

7月20日に講談社ノンフィクション賞が発表され、梯(かけはし)久美子の『狂うひと』(新潮社)が受賞した。

これは『死の棘』の真実を知ろうと、生前のミホのインタビューや残された2人の膨大な資料を読み込んで、「愛の神話を壊し、創り直した」(本の帯)というノンフィクションである。

ミホは梯に「そのとき私は、けものになりました」といった。夫の日記を読み、夫に愛人がいたことを知った時の衝撃で、ミホはウオーッと獣のような声を上げ、四つん這いになり座敷を駆け回った。

そこから始まる夫婦の「地獄絵」を島尾は書き続けた。『死の棘』にはこんな描写がある。

「妻が私を責める気配を見せさえすればすぐそうしないではいられないし、妻は決まってそれを止めにかかる。(中略)そうはさせまいとするから私と妻はどうしても組み打ちになる。くりかえしにあきてくると、もっと危険な革バンドやコードを用いることをえらび、首のしまりがいっそう強く、だんだん限界がぼやけてくる。ここで、もう少し力を入れたら向こうがわに渡ってしまうかもしれないと思えるところまでしめると、妻も力が加わり、組み打ちもひどくなった」

覚悟なくして不倫するべからず

こうしたことを繰り返し、ミホの狂気が増幅していって、ついに島尾はミホの要求をすべて受け入れ、徹底的に従うことになる。

梯は、この小説には、ある種の虚構があるというが、私もそう思う。だが、事実と、それを小説としてまとめるのとでは、違っていて当然であろう。

梯によれば、ミホは島尾の原稿を全て清書し、自分の意見で文章を削らせたり、書き込ませたりしていたという。

気が狂うほどの修羅の後に訪れた平穏だったのだろうか。亡くなる前、ミホは「私たち夫婦は一心同体です」と梯にいったそうである。

不倫には覚悟がいる。覚悟なくして不倫するべからず。これから不倫をしようという男は、『死の棘』を読んでからにしたほうがいい。

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