90年代半ばには専務になってメンズ事業本部長を経験し、東京・芝浦にある東京店の店長として営業戦略の指揮官も務め、97年3月に社長に就任。8年後に会長となり、07年に設立した持ち株会社のオンワードホールディングスの会長兼CEOにもなって、グループ全体の指揮を執り続けてきた。
無論、世代交代は進めてきた。ファッション事業では、時代に即した感性が重要だ。そして、それぞれの時代に育った人の感性は違い、年月が過ぎると、年長者はなかなか入っていけなくなる。だから、新しい時代に育った人の発想に期待し、具体的な事案は次世代の面々に委ねてきた。
だが、デフレの長期化、消費者の節約志向など、「組曲」を生み出したときの想定を超えた現況がある。食のように「高くても美味しければいい」と「手軽に安く」という二極化の流れに乗るとしても、両者の中間的な領域で長く生きてきた会社だから、簡単ではない。その中間的な領域がなくなってしまうとも、言い切れない。
しかも、衣料品の買い物が単独で完結する例が減り、エンターテインメントやイベントを楽しみ、食をも含めた時間と空間の中で、勝負していかねばならない。ITを駆使できる若い突破力も大事だが、豊富な経験が物を言う部分が増えているのではないか。どうも、再び「蛟龍得水」を求められている気がする。
2015年5月、代官山に500坪の土地を取得し、「将来のオンワードの発信基地にする」と公表した。あの「こだわりの店」の近くだ。プロジェクトチームをつくり、自らリーダーとなる。メンバーと何度も現地へ足を運び、いろいろな時間帯の姿を想像する。一方では「韓国のホテルの朝食がすごくいい」と聞くと、すぐに飛んで食べてみて、ヒントを捜す。
でも、変化のスピードがすごい時代だから、いま「いいな」と思っても、開業時にはわからない。2018年9月に開業すると表明したから、具体的な中身は、この夏までに決める。衣料を売るだけではなく、飲食やイベントを組み合わせるが、何よりもファッションと文化・芸術に力を入れたい。
人が訪ねてきて、心地よいと思ってもらい、もっといたくなり、またきたくなる。そんな空間を、つくりたい。だから、外観も単なる四角い建物ではなく、独自性のある建物にした。5階建てで、もう着工した。これが、最後の「蛟龍得水」になるのかもしれない。
1942年、高知県生まれ。65年早稲田大学法学部卒業、樫山(現・オンワード樫山)入社。85年取締役。91年常務、94年専務、97年社長、2005年会長。07年持ち株会社「オンワードホールディングス」を設立。11年会長兼社長。15年より現職。