価値観を大きく転換させるにはどうしたら?
【丹羽】タイミングや、誰に言っているかという観点からはいかがでしょうか?
【泉】毎月月初の朝礼や、全体会議、生産会議、販売会議……全てにおいてリードタイムが重要だとこの3年ほど言い続けていますね。
【丹羽】成果はいかがですか?
【泉】ようやくそれぞれの部門長には理解が進んできたかなと感じます。ただ、そこから現場まで落ちているかというとまだまだですね。彼らもいわばジレンマを抱えていると思うのです。いままで何十年と言い続けてきた事と全く異なる価値観を現場に浸透させなければならないわけですから。私からすれば、別に彼らが間違っていたわけではなくて、外部環境が変わったのだから、それに対応した考え方に切り替えなければならない、という話ではあるのですが。
【丹羽】アタマではわかっている。
【泉】そうですね。部門長たちと膝を突き合わせて話をすると「社長の言うことはよくわかります」と言ってくれるのですが……。現場にその考え方を伝えていくというのは、また壁があるのだろうな、と。
【丹羽】何があれば、そこを越えて行くことができるでしょうか?
【泉】僕自身が現場の若い社員に対して直接伝えていくということが必要と感じています。組織の上と下を押さえて、新しい価値観を理解・共有する人たちの人数を増やしていくイメージです。組織というのは中間層の社員が一番変わりにくいものですから。例えば他社メーカーの生産現場を積極的に見学してもらうなど、時間と手間を掛けて、手を変え品を変えてやっていくしかないと考えています。そういう意味で人財育成、教育に積極的に投資しようとしています。
【丹羽】素晴らしいと思います。ちなみに現在、「リードタイムが重要だ」とわかっている人は泉さんから見て何人くらい社内にいますか? またその人たちは同じ場所で仕事をしていますか?
【泉】理論的に説明できる社員はおそらく10人くらいですね。またその社員達は部署も働いている場所もバラバラです。
【丹羽】なるほど。そういう方々を、ネット上でも構いませんので、情報を共有して悩みを相談できるような場所・機会を作ると良いと思います。その場所に、少しずつリーダー格の人を加えて行くのです。やりがちなのは、その人たちに個別に「変革を推進せよ」と責任を与えてしまうパターンですが、これではうまくいきません。彼らが相互に助け合えるようにまずは「くっつけて」いくことが変革の鉄則なんです。
【泉】なるほど、段階的に協力メンバーを拡げて行くわけですね。
【丹羽】先ほどの視察については、違う業界も対象とされると良いと思います。多品種・小ロットと安全や品質、付加価値を両立させているメーカーというのは、例えばサントリーのような飲料メーカー、カルビーのような食品メーカーなど幾つも例があるわけですから。自分たちの業界の「常識」が、実はもう社会では「非常識」なものになっているというのは、現実にそういう現場を見てもらうのが一番腹落ちしやすいですね。
【編集部・吉岡】もしかすると、マツダの工場も参考になるかもしれません。一つのラインで複数の車種を作り分けるというのをやっているのですが、単なる混流生産ではないのです。さまざまなクルマを注文が入った順番に製造し、できあがったらすぐに発送していきます。一切在庫は持たない。「新鮮なクルマを作りたいのです」とマツダの人は言っていました。
【丹羽】新鮮なクルマ、というのは新しい表現ですよね。まとめると、ランドセルのサプライチェーンでも「鮮度」を重視した体制に切り替えていく、ということがこれからは必要なのかも知れません。
作りたてのランドセルをお届けしたい
【泉】鮮度、なるほど。新鮮なランドセルか……。ランドセル含めた鞄の業界は、製品の使用期限が長く、鮮度という価値観がほとんどない業界なのですが、実は私はやりたいと感じています。お客様の方は、これは新しいモデルなのか、古いモデルなのかを実際気にされるようになっているわけですから。
【丹羽】それは良いですね。まさにハードアプローチです。
【泉】今までは卸売業者様がいらっしゃったので、そういうことは難しかったのですが、今はできます。現場からの反発は大きそうですが……。でも、飲料や食品がやっていることが、ランドセルにできないはずはない。
【丹羽】人間なので、もちろん失敗したくないわけですが、お話を伺っていると、泉さん自身、変革のための失敗は許容しようという姿勢が見てとれます。
【泉】許容するというか、むしろ「失敗せよ」と社員に常に伝えています。変化を生み出さない・同じ事をしているだけの社員は評価しません、とも伝えています。目標とは今までとやり方を変えなければ到達し得ないあるべき姿だ、とも伝えています。今までとやり方を変えることに対する抵抗はもちろんありますが、それを取り除いてあげたいし、そのアプローチを評価したいなと。私が怒って社員を怒鳴りつけ、恐怖をもって従わせても、会社は良くならないと考えるようになりました。