少子化、ランドセルの多色展開が進む

【丹羽】でも、日本は少子化が進んで市場は縮小していますよね?

【泉】そうです。変化はそれだけではありませんでした。2003年にイオン様が「24色ランドセル」を市場に投入します。これを機に、ランドセルへのニーズの多様化が進みました。そんな中、セイバンでは作っても売れない、結果として生産過剰になるという現象が起こり始めました。それまではランドセルと言えば、男の子は黒、女の子は赤の2色展開で、刺繍などのデザインもシンプルでよかったものが、スタンダードなタイプのものを作っても売れない時代になったのです。

【丹羽】なるほど。少子化の中、ランドセルに限らずニーズの多様化や、高級品と普及品の二極化が進むというのは、さまざまな商材で起こっていますね。

セイバンのランドセルは「天使のはね」機構で人気を博している。写真は黒と赤の2色だが、最近は色もデザインも多様化が進んでいる。

【泉】そんな中、私が社長に就任したのが2010年です。その年にイオン様は「A4クリアファイルがすっぽり入る」というランドセルを発売して、爆発的に支持を広げていました。

【丹羽】それまで、ランドセルにはA4クリアファイルは入らなかったのですか?

【泉】入るには入るのですが、A4用紙に比べてクリアファイルは少し大きいのでたわんでしまっていました。

【丹羽】そこに目を付けたわけですか。さすがですね……。

【泉】イオン様のマーケティング力に脱帽という感じでした。この状況を打ち破るには当社の製品企画やマーケティング力もさることながら、ランドセルの業界構造から見直さなければならないと考えました。ランドセル業界は、流通に卸売業者様を経由する構造が一般的で、セイバンのようなランドセルメーカーは彼らの企画した製品を注文を受けて作る、いわば下請けなのです。原則として卸売業者様からの受注生産ですので、沢山受注して作りまくれば、売れても売れなくても問題ないと考えていました。しかし実際は、売れないものを作っても私たちセイバンは問題ない訳ではなかったのです。

【丹羽】どういうことですか?

「天使のはね」ブランドを守るため、生産量を半分に

【泉】当時、セイバンが取引していた卸業者様は20社以上ありました。彼らは売れ筋商品の「天使のはね」を次々と注文してくれましたが、子どもの数は年々減っているところに、競合他社が強力な商品を次々と投入してきますので、市場に売れなかった商品が大量に滞留しました。

すると何が起こるか?――ネットを中心とした安売りが横行しました。社長就任から1年はネット上の不当廉売を止めさせることに奔走しました。あるサイトでの販売を停止させると、また別のサイトでという具合で、まさにいたちごっこでした。

【丹羽】でも売上を維持するには卸業者様からの受注を取って製造せざるを得ない?

【泉】当時の問題は、まさにそのように全社員が思っていたことでした。私は「このままではまずい」と感じていました。なぜなら、せっかく確立した「天使のはね」というブランド力が、安売りで地に落ちてしまうと考えたからです。そこで、まずは社員の反対を押し切り、生産量を思い切って約半分に減らしました。

【丹羽】一気に半分とは思い切りましたね。

【泉】そのため私が社長を継いでからの売上は4期連続で下がりました。ただ、在庫が圧縮され、売値も改善していきましたので、利益の減少は低く抑えることができました。それと並行して徐々に卸売業者様との取引を縮小していったのです。

また私たちは自らの販売総代理店として「セイバンマーケティング」という販売会社を作り、そこに流通を集約していきました。

「大量生産すればいい」から脱却するには?

【丹羽】そうすることで、市場への商品の過剰供給という問題は解決したのですか?

【泉】いいえ。ここからがまさに今日コーチングを受けたい「悩み」となるのですが、社内の考え方はまだまだ「昔の考え方」、つまり同じものを大量に作って、売る、という発想から脱却できていないのです。相変わらず、工場を見ると、人気が出るであろうと予測するモデルやカラーのランドセルばかり一度に大量に作っていたりするわけです。同じものばかりを一度に大量に作ってしまっている間は、他のラインナップは作れませんから、結果的に売り場で欠品を起こしてしまうわけです。

【丹羽】色・デザインなどラインナップ毎の生産数は生産現場が決めているのですか?

【泉】いえ、現在は販社のセイバンマーケティングが決めているのですが、生産現場は月間の生産数が決まり、生産指示を受けると、同じものをまとめて作ってしまうのです。例えばA・B・Cという3つの製品を○個ずつ作ると指示を出すと、まずAだけを受注した本数全数作るのです。市場の需要にこまめに応えるにはそれぞれを少しずつ作らなければいけないのに、です。

【丹羽】それだと店頭でのラインナップを揃えられずに競合に機会を奪われてしまいますね。

【泉】そうなのです。30種類以上あるカラーもさることながらデザインやステッチなどを組み合わせると、現在では何百種類とあります。多様化するニーズに応えるための小ロット生産、生産委託のあり方など課題は山積みとなっています。

この状況を変えて行くには、生産現場であるセイバンと販売現場であるセイバンマーケティングとが、うまくコミュニケーションをとって、売れるものをいち早く察知して、それを速く作るということに尽きます。逆に売れないものはすぐに生産を止めなければなりません。いわゆるサプライチェーンマネジメントの実現ということになるのですが、これが上手くいかない。要はこの両者はまだまだコミュニケーションがとれていないのです(苦笑)。