「打ち上げは、人間が一度しかない勝負をする場である」

そして何より、高度な技術への挑戦により人が育っていく。「ロケットづくりは、人づくり」と前村はいう。部下たちには「NOというな」と、よく話す。不可能と思える技術でも、ブレークスルーを求めるためである。また、どんなに優秀でも日頃から「NO」を使う人は、打ち上げという窮極の場では、動けなくなってしまうことがあるのだという。心のどこかに、逃げ道を探し、強大な重圧に押しつぶされてしまうのかもしれない。

打ち上げは、人材育成の場ではなく、人間が一度しかない勝負をする場である。失敗の代償はあまりに大きい。だから前村は、決まった人しか起用しないのだ。

とはいえ、人は間違いを犯す。ハーネスやネジなどを含め100万点もの部品があれば、不良品が混じる可能性は否定できない。ちなみに自動車の部品点数は2万~3万、旅客機は60万~70万。組み付けで損傷が生じることもある。何事にも“絶対”はありえない。自分の目で確認するという前村のスタンスにも限界がある。だから、やるだけのことをやったら、打ち上げの前には、伊勢神宮を皮切りに神社を回って祈願し、さらに験担ぎに15キロを走る。何度も打ち上げを経験し、理詰めで物事を考えるこの技術屋にも「非科学的かもしれないけれど」といいながらプレッシャーに耐えるための心の拠り所が必要なのだ。

09年1月21日には、H-IIAロケット15号機が打ち上げられる。この雑誌が店頭に並ぶ頃には、前村の巡礼は始まっているはずだ。(文中敬称略)

(永井 浩=撮影)