「男の先生にうちの娘を着替えさせないで」という心理は統計的に正当化されるか
だが、保護者をはじめとする人々の反応の中には、成人男性から幼い女児への性的関心や性暴力などを根拠とした警戒心をあらわにするものも多い。
「性犯罪加害者の9割は男性。抵抗のできない幼い子供と成人男性という、明確な力の差がある関係性の中で、実際に男性保育士による性的いたずらなどの事件が起きている以上、保護者が男性保育士に不安を覚えるのは当然の心理」
確かに男性保育士による事件は起き、報道で耳にしたことも一度ではない。そもそも世の性犯罪全体の加害者の9割が男性という話が一人歩きしているが、実際の統計では9割どころか99.8%なのだという(『平成27年版犯罪白書』第6編 性犯罪者の実態と再犯防止)。
では、実際の男性保育士による性犯罪の発生率がどれほど高いのか、それを示す統計がどこにあるのかとメディア中がやっきになって探したものの、見当たらないというのが現状だ。小中学校や高校の男性教諭による未成年を対象とした性犯罪の方がはるかに件数は多く、それらの報道と印象が混ざってしまった結果ではないかとの指摘もある。
熊谷氏は、そういった「印象論」を「漠然とした懸念レベル」「生理的に嫌という感情」と評しつつ、こう反論する。
「男性保育士が女児を世話することに嫌悪感を感じ、区別を求める多くが女性という点が面白いですね。今まで差別や不利益を被ってきた多くが女性側であったこともあり、女性側に男性の不利益に関してまだ意識が十分でないこと、特に性に関することについては女性側の男性への不信も根強いことも分かります」
もちろん、犯罪率のいかんにかかわらず、女児に対する性犯罪が実際に起こっている以上、大切なのは印象論の応酬よりも徹底的な予防策のほうだ。私が欧州で子育てをしていた時に衝撃的を受けたのは、スイスでも英国でも、子供達の遠足の引率にボランティアの保護者としてついていくだけだというのに(しかも先生からお願いされた立場だというのに)、誓約書に署名をさせられたことだった。「私には性犯罪歴はありません。子供を対象とした性的嗜好を持っていません。もしその疑いを持たれたり、行為に手を染めたりした場合、御校の規定する法的手続きに従うことを承諾します」と、宣誓させられたのだ。欧州の幼稚園や小学校において、小児性愛に対する警戒心は日本の比ではなかったのである。
日本でも、保育所での採用時に、採用対象が女性であっても男性であっても、性犯罪歴の照会や法遵守の誓約書証明などのスクリーニングをするのは決してやりすぎではなく、抑止力として十分な効果があるだろう。それを「保育の安心品質」として売りにする保育サービスが出れば、保護者は不信感ゆえの差別意識など持つ必要なく、保育する側も利用する側も共に気持ちよく過ごせる保育文化が普及するのではないかと、私は考えている。