独自分野を追求し「連邦国型」を貫く

カネカは、源流に、発酵や培養の技術も持つ。だから、パンの酵母も手がけている。サプリメントを扱う企業に供給する「還元型コエンザイムQ10」も、イースト菌の培養技術から生まれた。人間の細胞中のミトコンドリアが活動するエネルギーとして、疲労感の軽減に摂取されている。いまは、販売子会社でも売っている。

こうした分野には、縁は薄い。でも、社内にある技術をつなぎ、新分野に出ていかせる事例をいくつもみせることで、研究開発陣にも事業意欲が浸透する。

初の東京勤務になったころ、メディアや経済界で、事業の「選択と集中」が褒めちぎられていた。カネカの道はその逆に映り、「いろいろやり過ぎて、力が分散している」と言われた時期もある。でも、大きな山がそびえるのではなく、小高い頂がいくつも連なるのも別の趣があるように、突出した巨大事業が引っ張る「帝国型」ではなく、売上高が1千億円規模のものが並んだ「連邦国型」があってもいい。無論、それぞれの分野で「オンリーワン」か「ナンバーワン」でなければ、面白くない。

前任社長の菅原さんが2009年に策定した長期経営ビジョン「カネカ・ユナイテッド宣言」は、その考えを明確に打ち出した。14年6月に後を継いだ後も、路線は変えない。宣言は、20年度の売上高を1兆円にすることも掲げた。いま、7千億円規模。大きく分けて9つの事業分野があり、1千億円規模が増えてきた。さらに各分野の成長を図り、海外でのライフサイエンス分野などのM&Aも加えて、実現する構想だ。

「識時務者在乎俊傑」( 時務を識る者は俊傑に在り)――いまがどういう時代で、何をなすべきかを見抜くことができるのが、優れた人物だとの意味で、中国の『三国志』に出てくる言葉だ。他社を追随せず、「時代の変化とニーズ」に応じて、あくまで独自に「何ができるか、何をするべきか」を追う角倉流は、この教えに通じる。

連邦国型を貫くには、常に研究開発体制を見直し、打って出る分野を強化していくことが欠かせない。2011年から翌年にかけてその体制を整え、司令塔となる本社のR&D企画部長に、自ら就いた。いま、高砂の主力工場と米テキサス州、そしてかつて勤務したベルギーのブリュッセルが、研究開発の3大拠点だ。

角倉流の基盤は、製品の用途と地域を組み合わせた事業ポートフォリオだ。そして、やはり40代と同じように常に留意しているのが、「鳥の目」だ。だから、社長になって最初に、全社員に発信した。要約すれば、こうだ。

「他社に先駆けて構想を構築し、取り組んできたポートフォリオの変革。でも、思った以上に事業環境の変化は速く、他社に追いつかれてしまいそうだと、皆さんは苛立ちを隠せない。でも、こんなときこそ、客観的に自らの仕事を振り返り、鳥の目で回りを見渡すことが大切だ」

そして、事業部の枠を超えて、他の事業部も見渡そうと、呼びかけた。だが、どうしても部門間の壁が残り、縦割りになりがちだ。でも、それは、まだまだよくなる可能性があるということだ。

だから、「鳥の目」に加えて、社員たちに言い続けている言葉がある。「Go beyond the border」。そこで限界とは思わずに、その向こうへ境界を超えて挑戦しよう、と。もちろん、それぞれの分野でオンリーワンやナンバーワンを目指すためだ。

カネカ社長 角倉 護(かどくら・まもる)
1959年、大阪府生まれ。87年京都大学大学院工学研究科博士後期課程修了、鐘淵化学工業(現カネカ)入社。2009年高機能性樹脂事業部長、10年執行役員、12年取締役常務執行役員。14年より現職。
(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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