コスト負担がない新技術の導入

この機能をカメラにたとえてみよう、という話は、実は梅津の受け売りだ。

マツダ車両開発本部の梅津大輔氏

つまり、かつてはカメラを操作するには特殊なあるいはある種専門的な知識が必要だった。ピント合わせから始まって、絞りやシャッター速度、はたまたフィルムの装填などなど、一枚の気に入った写真を撮るのはひと苦労、それができない人は、写真店に頼んだものだ。それが今ではそんな知識など一切必要なく、大人から子供まで誰でも簡単にボタン一押しで、スマホに画像を取り込めるし、即座にその結果が見られる。さらに家でもプリントが楽しめる。言い換えれば、カメラにせよスマホにせよ、それが持っている写真撮影の能力の恩恵を誰でも最大限に受けられる、カメラの世界はそこまで進化しているのだ。

Gベクタリングコントロールの技術を生み出した発想もこのカメラを進化させる発想に似ている。

ドライバーがこのコーナーあるいはカーブを、こう曲がりたいと思ってステアリングを操作したその瞬間、クルマがその意図を読み取ってクルマ自体が持っている能力を最大限に発揮できるように制御する。つまり、ドライバーは誰でも、プロのドライバー並みの技量でクルマをコントロールできる、というわけだ。

梅津は2006年にマツダに入社。車両開発本部とパワートレイン開発本部の両方で仕事をしながら、車体とパワートレイン両方にまたがる、さまざまな部門間の密接な連携がなければ実現が不可能なテーマ、つまり今回のGベクタリングコントロールの開発に取り組んだ。

コスト面から見たこの技術の最大の特長は、ソフトウェアの追加変更だけでこの技術が完成しているため、物理的なデバイスが必要ない、つまりコスト負担がほとんどないということだ。

コスト負担の伴わない商品力の向上ほど、メーカーにとって望ましいものはない。マツダの場合、スカイアクティブ技術の"売り"は、スカイアクティブの技術要素をどのモデルにも展開できる「一括企画」にあるため、このGベクタリングコントロールについても、すばやく全モデルに投入する計画を推進している。具体的には、7月に発売したアクセラに続いて、8月にはアテンザ、そして10月からはデミオとCX-3にこの新技術を取り入れた。つまりわずか3か月の短期間に既存モデル4車種のいわば"てこ入れ"を図ったことになる。

マツダはスカイアクティブ技術による一連の新世代モデルの市場における実勢価格の維持を図るため、どのモデルにも最新の技術を投入して消費者に対する魅力の維持に務めている。今回の短期間における4車種のいわゆるマイナーチェンジにマツダは特に力を入れているようで、去る10月14日、マツダR&Dセンター横浜で開催されたメディアを対象にした説明会に、新発売するデミオ改良車主査の柏木章宏、同じくCX-3主査の冨山道雄に加え、国内営業の責任者である常務執行役員の福原和幸まで出席している。

現行の製品に絶えず最新技術を投入するという戦略は、着実に成果を上げていると福原は言う。

「顧客のもとにあるマツダ車の資産価値を維持するこうした取り組みの結果、この10月から残価設定ローンの残価率を高い水準に引き上げることができた。お客様の大切なクルマの将来の資産価値をさらに高く保証するものだ」

具体的にはディーゼル仕様車の残価率を5パーセント引き上げ55パーセントへとした。これはマツダ車の中古車価格の水準が上昇していることの証でもあり、マツダの「適正な価格での販売」が奏功していることの表れだろう。

マツダはこの新開発のGベクタリングコントロールが、同社の販売戦略に貢献してくれることを期待している。

このGベクタリングコントロールの開発が部門間の壁を越えて一気に加速したのが2013年、そして翌2014年には量産化のめどをたてている。