“ひとりぼっち”のイギリスに繁栄はない

70年代に私は何度もイギリスを訪れているが、当時は慢性的に経済が停滞して失業率は11%に達し、「英国病」という言葉がメディアを賑わしていた。しかし、今のイギリスの失業率はわずか5%程度。ヨーロッパで最も移民を受け入れている国の一つがイギリスだが、それでも昔のような失業率にならないのはなぜか。なぜ今のイギリスに雇用があるか。そういう議論が今回の国民投票のプロセスでは抜け落ちていたように思う。

この30年間、イギリスが世界中から投資を集めて雇用を生み出してきたのは、サッチャー改革の成果ばかりではない。イギリスがEU28カ国のヘッドクオーターとして重宝されてきたからだ。日本企業にしてもイギリスに欧州本部や工場をつくれば、そこからEU全体に容易に事業を展開できる。ロンドンのシティにしてもEUに入ってから世界の金融センターとして断トツに発展した。日本の銀行や証券会社がシティに行くのは、あそこがヨーロッパだと思っているからだ。

イギリスの繁栄はEUの中にあってこその繁栄であり、離脱してひとりぼっちになったら、イギリスは元のイギリス一国に戻り、投資の魅力は大きく減退する。今回の国民投票で離脱の恐怖を肌で感じたイギリス国民は少なくないだろう。世界経済、ひいては自国経済に与えるインパクトも、ポンド暴落の可能性も見えた。

さらにいえば、残留派が多数を占めたスコットランドや北アイルランドの動向も見逃せない。スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相はスコットランド単独のEU加盟に向けた諮問会議の設立を表明、独立に向けた2度目の住民投票の準備も始まった。北アイルランドでもEU残留とアイルランドとの統一の動きが加速し、離脱派が多数を占めたウェールズでも独立を模索する動きが出てきた。ということで、イギリスが離脱に向かえばグレートブリテンは空中分解しかねない。離脱後のUKの運命、すなわち崩壊、という問題はいまだに国民的な議論がなされていないのだ。

このようなデメリットを改めてカウントしていくと、離脱の道は遠く霞んでくる。EUの強気の姿勢を見ている限りでは、離脱交渉をイギリスが優位に運べる可能性も低い。従って前述のような逆転シナリオも十分にありうる。イギリスの離脱はUKの終わりの序章ではあるが、巷間言われているような「EUの終わりの始まり」になることはないだろう。

(小川 剛=構成 AFLO=写真)
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