「ありえない」「冗談か?」7月中旬、英国で2人目の女性首相が誕生し、主要閣僚職の一つ外相にボリス・ジョンソン前ロンドン市長が抜擢されると、驚きと困惑の声が世界中を駆け巡った。離脱派の旗振り役となったジョンソン氏はジョークを連発する、親しみやすい政治家として国民の間で大いに人気がある。一方で、各国首脳陣についての暴言や人種差別的発言によって国際的なひんしゅくを買っている人物でもあり、アメリカ大統領候補のドナルド・トランプ氏と比較されることもしばしばだ。「道化役」ジョンソン氏は果たしてシリアスな仕事をこなせるのか。テリーザ・メイ首相の狙いとは何か。
「いつかは首相になる」政治的な野望
与党・保守党の下院議員でもあるジョンソン氏(52歳)は米ニューヨーク生まれ。父は欧州議会議員だった。幼少時に一家は英国に戻った。富裕層の子弟がゆく名門中等教育機関イートン校からオックスフォード大学に進学した。大学の2年後輩がキャメロン元首相だ。卒業後は全国紙「デイリー・テレグラフ」の記者、政治週刊誌「スペクテーター」の編集長を務め、2001年には下院議員に当選。その後BBCの政治風刺番組に複数回登場したことで、広く名前が知られるようになった。
出身家庭や教育歴、職業からすれば典型的なエリート層に属するが、番組内で自分が笑いの種にされても動じず、冗談を冗談で切り返す様子をもって、「エリートぶらない面白いやつ」「笑わせてくれる気のいい人」というイメージが付いた。英国内ではジョンソン氏を誰もがファースト・ネームの「ボリス」と呼んでいる。人前に出るとき目立つようにわざと無造作を装っているのではないかと思われるほどボサボサの金髪、ころっとした体形、なりふり構わない様子で着込んだスーツ姿、背中にはリュックサック。こんなボリス・ファッションも気さくさを表すものとして好意的に受け止められた。
しかし、「道化役」という表の顔の裏には「いつかは首相になる」という政治的な野望が常に見え隠れしている。2008年から8年間ロンドン市長という大役をこなし、ようやく「まともな」政治家の仲間入りを果たしたジョンソン氏。次はいよいよ首相の座へという気持ちもあって、6月のEU離脱を問う国民投票に向けて、離脱派運動"ボート・リーブ(VOTE LEAVE)"を率いた。
「ライバル」と見なすキャメロン首相(当時)は残留派だった。結果は離脱派の勝利となり、キャメロン氏は早々に辞任を表明。離脱派として勢いを得たジョンソン氏は、次期党首選で最有力候補と目されながら離脱運動でともに戦ったゴーブ司法相(当時)が土壇場で自ら党首選に立候補を宣言したため、立候補を断念した。当然自分を支持してくれるものと思っていたゴーブ氏に完全に裏切られたかたちである。
「ボリスはもう終わった」。誰しもがそう思った。保守党の党首選が7月中旬までに決着がつき、元内相のテリーザ・メイ氏が「イギリスで2人目の女性首相」として誕生した。この時までに、ジョンソン氏はすっかり忘れられた存在になっていた。ところが、メイ氏は離脱派の大物政治家を続々と内閣に入閣させ、ジョンソン氏を外相に選んだ。いったんは消えたジョンソン氏の任命は意外な展開だった。辛辣な皮肉やきつい冗談を言うことが習い性になっている同氏が、果たして英国内外で真剣な対応を求められる外相の職を全うできるのかと不安感が広がった。
海外での反応は英国内での意外感、不安感をはるかに超え、大きな衝撃となった。特に欧州他国では悪意ある論評が噴出した。ドイツの公共放送ZDFの記者は「ボリス・ジョンソンが外務大臣? 英国流のユーモアに違いない」とツイートした。米大統領広報官マーク・トナー氏はジョンソン氏外相就任の報を聞いて顔に笑いが広がるのを抑えられず、ジョンソン氏と「働くことを楽しみにしている」と述べるのがやっとだった。