没後50年たっても「20世紀最高のリーダー」として不動の地位を得ているウィンストン・チャーチル。第二次世界大戦を勝利に導いた立役者であり、福祉国家の礎を築いた功労者でもある。言葉を巧みにあやつる演説の名手であり、ノーベル文学賞をとるほどの文才もあった。ずばぬけた行動力、決断力、交渉力、胆力、創造力、そして愛嬌……巨人を巨人たらしめた「本質」について迫った『チャーチル・ファクター』はイギリスで発売と同時にベストセラーになった。著者はイギリスで国民的人気のある政治家、ボリス・ジョンソン現ロンドン市長。現在、20カ国語で翻訳されているこの本の日本語版出版にあたって寄せられたレビューをシリーズで紹介する。

一人の人間が世界と歴史を変えることができるか

同世代人にとっての代表的英国人といえば ビートルズなのだろうが、私にとってはウィンストン・チャーチルである。壮麗でリズムの良い言葉と痛烈なブラックジョーク、ジェントルな優しさをたたえながら、不屈の闘志を持ち、野蛮とも思える果敢な行動にも躊躇しない。複数の次元での二面性を肉体と精神の中に包み込み、えもいわれぬ空気感を漂わせる。

『チャーチル・ファクター』(ボリス・ジョンソン著・プレジデント社刊)

「チャーチル・ファクター」には、そのチャーチルが、いかに作られたか、第二次世界大戦を前にどのように考え、何を基軸にし、どう行動したのか、が丁寧に綴られている。

チャーチルの演説のユニークな創作過程、軍人としての野戦体験のすさまじさ、父母との複雑な関係、数々の政治的失敗とそこからの奇跡的復帰、そしてヒトラーとの対峙、アメリカを味方に引き込む戦術、など、一人の人生の中でこんなにたくさん事件のある人はいないのではないかと思えるほど逸話には事欠かない。

著者であるボリス・ジョンソンは現役のロンドン市長であり、下院議員。この本のメインテーマはチャーチルなる偉大な政治家(兼軍人兼ジャーナリスト)の本領と本質を明快な形で示すことを通じて、「いかに一人の人間が世界と歴史を変えることができるか」を示すことにある。

歴史は、ひとりの英雄が作り出すものではなく、物質的、経済的な関係性の中での大きな動きによって決定されており、英雄は単にそのときに与えられた役割を演じる俳優のようなものだ、という考え方があるが、それに対して、著者はチャーチルを偉大なる反例として掲げる。この英雄がこのタイミングで英国の首相になったからこそ、世界は全体主義の闇に包まれることがなかったのだと。

私自身は、基本的に英雄史観を排除する考え方を持つ者なのだが、著者の丁寧で説得力のある論考に触れ、少しだけ考え方が変わったかもしれない。チャーチルファンはもちろん、人間考察に興味のある人に、お薦めの一冊。

秋山 進(あきやま・すすむ)
プリンシプルコンサルティング代表。著書に『「一体感」が会社を潰す』など
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