名刺を渡すと、漁師たちは面白がって食堂のおばちゃんたちに配ってしまった。そして、言葉の壁。英語のヒアリングは完璧な半澤だが、鷹島の言葉は半分ぐらいしか聞き取れない。半澤は現在、月の半分を鷹島で過ごしている。


地中海でのマグロ養殖経験もあるダイバーの油井孝之氏が海中に潜り、運搬船と生簀を繋げる網の状況を確認。彼もまた、この事業のキーマンである。

「こちらの考え方を理解してもらうには、現地に居続けて、その土地の文化に溶け込むしかない。ロンドンも鷹島も、私にとっては同じことです。地元の人から、双日に来てもらってよかったと言われたい。私は鷹島をすごく愛しているんです」

船端でヨコワを勘定していた男と、シュガーディナーで燕尾服を着ていた紳士が、初めてひとつの像を結んだ。半澤は“駐在感覚”を深く身につけた、紛れもない商社マンなのだった。鷹島取材の後、半澤から長文のメールが届いた。

「子供の頃から母親に『人が嫌がることは絶対にやめなさい、人が困っていたら助けてあげなさい』と繰り返し教えられました。自分の故郷も福島県の小さな町ですが、育ててくれた町に恩返しをしたいという願いがずっとある。私は鷹島に故郷を投影しているのかもしれません」

ツナファームは10年の初出荷を目指して稼働し始めたばかりだが、半澤は鷹島ブランドのマグロの名を全国に轟かせたいと、野心を燃やしている。

ツナファームの設立が正式決定したとき、板谷は半澤にこうつぶやいたという。

「よか息子が、ひとり増えたったい」(文中敬称略)

(熊谷武二=撮影)