警戒する地元に飛び込んで溶け込め!

「マグロは、島の人間の期待感が違うったい。鷹島はハマチ、ヒラメ、タイ、トラフグの養殖もやってきたばって、よかことは皆さんすぐにマネすったいね」


放流作業当日の開始前、漁協組合長の板谷氏に挨拶を兼ねてこの日の作業の流れを説明する。

鷹島の漁師を束ねる新松浦漁協組合長の板谷國博は、マグロの養殖事業に熱い期待を寄せる1人だ。鷹島は日本一のトラフグ養殖地として知られるが、競合産地の出現や中国産の輸入増で、市況の乱高下が激しく、漁師たちの生活は厳しい。

鷹島で養殖を営む漁師たちは、他所には真似のできない新しい魚種の導入を待望していたのである。

「マグロの養殖は、大きな資金がないとできんたい。半澤さんは、ズバッと話のできるよか男。組合側が出した条件も100%呑んでくれたったい」

双日は、半澤がロンドンから帰国した06年頃から、マグロ養殖事業の可能性を模索していた。マグロの漁獲規制は年々厳しくなっており、特に、利益商材であるトロの原料となるクロマグロの確保が難しい。一方で、トロに対する日本国内の需要には、底堅いものがある。ならば、自前で養殖するしかない。


2009年3月開通予定の鷹島肥前大橋(仮称)。この橋こそが競合他社との物流面における優位性を生み出し、候補地選定の決め手の一つとなった。

水産流通部に入った半澤は、部内でのポジションを確立するためにも、新規事業を立ち上げなければと考えていた。マグロの養殖の適地はどこか。やはり地中海か? マグロ専門のパートナー企業と情報交換を続けていた半澤のもとに、1通のメールが届いた。送信者は若杉金一郎。トルコやイタリアでマグロの養殖を指導してきた、養殖のエキスパートである。メールには、「国内養殖も面白いと思う」と書かれていた。プロの言葉に、半澤は強い信憑性を感じた。

このメールをきっかけに、半澤はミスターマグロや若杉とともに、全国の候補地を行脚することになる。マグロの養殖には漁場、物流、冷凍設備、ヨコワと餌の安定供給といった物理的な必須条件がある。だが、物理的条件が整っていても、地元漁協の協力が得られなければ事業化はできない。漁業権を貰えないからだ。

半澤と鷹島の出合いは、劇的だった。