心臓外科手術数は病院の実力に比例する理由
特に、心臓外科手術については、外科医とそのチーム、病院の症例数は実力に比例します。がんに対しては、診断と治療を両方外科医が行うことも多いのですが、心臓治療に関しては基本的に、診断や治療方針の決定は循環器内科医が行います。循環器内科医は、外科手術が必要だと判断して心臓外科医に手術を依頼するわけですが、外科手術が終わって紹介した患者が亡くなってしまったり状態が悪くなって帰ってきたりすれば、その外科医には患者さんを紹介しなくなります。医師は誰しも患者さんに元気になってほしいので、同じ病院内でさえ、心臓外科医の腕が悪いと、その心臓血管外科には患者さんを紹介しなくなるくらいシビアな世界です。逆に、結果がよければ、循環器内科医は、他院の心臓外科医であってもどんどん患者を紹介するようになります。
最近は循環器内科医がカテーテルで狭心症・心筋梗塞の治療を行うだけでなく、弁膜症の治療まで行うようになったことから、治療実績や評判の高い施設、医師を以前にも増して意識しているようです。自分たちの手に負えないか、患者さんがそのような施設を希望されれば、ごく自然に任せられる施設への紹介を行っているように思います。つまり、治療実績が高く、症例数の多い心臓外科医は、実力のある循環器内科医からの評価が高いということを意味します。
実は、私が以前勤務していた新東京病院(千葉県松戸市)では、開設1年目の心臓外科手術症例数は30例でした。開院時の実績はゼロだったことと近所に千葉県内では有数の手術実績のある病院が存在したことから、開設準備の責任者だった須磨久善先生に「ぜひ、心臓外科医として働いてほしい」との誘いを受けたとき、私が相談した医師全員が「あの病院だけはやめておけ」と言ったくらいです。ところが、とにかく手術の成功率を上げ、手術後の管理もしっかりやって、「新しく開設された心臓血管外科を広く世の中に知ってもらおう」「治療成績を上げて、一人でも多くの患者さんを助けよう」と病院一丸となって頑張ったところ、症例数が加速度的に増えました。さらに当時は一般的に治療困難とされたエホバの証人の無輸血手術を麻酔科の積極的な協力の下に着実に成功させていったことで、全国的な評価を得ることができました。
2年目には1年目の倍以上の84例、3年目には155例、4年目には最初に目標とした200例を超えて242例を達成したのです。日本では、成人の心臓外科手術が200例を超える病院は限られます。それにも関わらず、5年目には300例を超え、成人のバイパス手術で全国1位の手術数、それも緊急手術を入れても手術死亡率が0.9%という好成績を誇るようになりました。200例を超えた頃、私は、イタリアの病院へ移った須磨先生に代わって、2代目の心臓血管外科部長になっていました。全国に先駆けて、心臓を動かしたまま手術を行うオフポンプ手術を成功させ、実績を上げていたことも症例数を増やすことにつながったのだと思います。
現在、勤務している順天堂大学附属順天堂医院に移ったときにも、同じようなことを経験しました。当院は、ほとんど無名だった新東京病院とは異なり、胸部外科としての実績のあるブランド病院で、先代、先々代の教授は冠動脈外科治療の第一人者として有名でした。しかし、私が教授に就任したときには、症例数は成人の心臓外科手術が200例を超えてはいたものの、先代の教授が退官してから1年半経っていたこともあり、患者さんの治療を行ううえで非常に大事な手術記録さえほとんど残っていない状態でした。そのため、患者さんの状態が悪くなったときに原因を探ることや手術を振り返ったり、治療成績を出したりすることもできませんでした。