世間はとにかく安心したがっている

【為末】だいたいみんな、理由や背景を求めがちですよね。

【みうら】ほっとしたいんですよ。うちの親戚が「じゅんちゃんは漫画家やってる」なんて言うから、正月に子どもたちから「ドラえもん描いてくれ」とか頼まれるんですけど、まったく描けないから、「こいつ、ニセもんだ」とか言われてひどい目に遭うんでね。確かに漫画も描いてたけど、子どもたちが知ってる漫画家じゃないんですよ。でもそれを的確に表す名前の職業がないから子どもたちも誤解する。それなら、はじめから知らない職業にしとこうと思って「イラストレーターだ」って言ったら、今度は「じゅんはインストラクターをやってる」って……。

【為末】何のインストラクター?

【みうら】本来ならそこが重要じゃないですか。でも世間って「インストラクター」でいいんですよ。そこまででもう安心するから。何か型にはめて安心したいんです。

【為末】僕、ちょうど引退して3年ぐらいになるんですけど、肩書きが微妙に変わってきてるんです。基本的に「なんでもどうぞ」って言ってるんですけど、最初の一年は「元プロ陸上選手」で、そのうちに「スポーツコメンテーター」になった。そのあとは、社団法人をはじめたので、その代表ということになって……あとは「ジャーナリスト」っていうのもありましたね。

為末大さん

【みうら】自分から言ってはいないんですよね。

【為末】言ってないです。最近は自分の会社の代表ということで肩書きが出るんですけど、それさえ外してみようということで去年は通したんです。そうすると、世間の抵抗感が結構大きくて。講演会なんかで壇上に出ることが多いじゃないですか。すると「肩書きがないこと」にすごく驚かれるんですよ。

【みうら】みんなは戸惑ってるんですよ。

【為末】そういう意味では、周りからどう見られているのかが毎回わかって面白いですけどね。

【みうら】人がそう思ってるということなんですよね。為末さんのことを「ジャーナリスト」って最初に書いた人は、そう思ったんですよね。俺もずっと「イラストレーターなど」って書いてもらっているんですけど、大手新聞社とかになると、「『など』は外します」って言うんです。いや、俺が今やってるのは「など」だから。イラストはあんまりやってなくて、むしろ「など」のほうが本業なんだと。やっぱり、「ない職業」ってダメなんでしょうね、安心できないから。安心できない人はこの日本にいてはいけないんですよ。なんなら「犯罪者」のほうがまだしっくりくるんじゃないですか(笑)

【為末】肩書きのない人が「ない仕事を作る」なんていうのは……。

【みうら】あり得ないですもんね(笑)世間からしたら。「そんな人には仕事あげませんよ」ってことですから。でも『ない仕事の作り方』っていう本のタイトルのせいで、本当にビジネス書だと誤解した人もいてね。「仕事」っていうことが入っていると納得するんですよね。「あの人、何してるかわからないけど、とりあえず仕事してたんだ」みたいな。それで世間はちょっとホッとしたんだと思うんです。