このような「教養」は外形的なパッケージされた知識として身につけることができるものではありません。いずれも長期にわたる体系的な訓練を必要とします。速成で身につくものではない。子供たちが身の回りにいる「教養ある大人」を手本として、それを模倣しながら自然に身につけていくしかありません。
ですから、子供にとって一番大切なことは「教養ある大人」「生きる知恵と力を備えた大人」に出会い、その人に師事する機会を得ることです。いい「先生」に出会うことができる能力、それも大切な「生きる力」です。
でも、なかなか現実の生きている「先生」に出会うことは難しいかもしれません。そのために書物があります。生身の人間のリアリティーには及びませんが、その代わりにいつでもそばにいてくれます。書物は、最初は意味がわからなくても、本のほうから逃げ出すことはありません。いつでもこちらの都合で取り出すことができる。そして、こちらの成熟の段階に合わせて、繰り返し読むことができます。
何より書物の最大のメリットは、「遠い国の人」「もう死んでいる人」を「先生」にできることです。「教養」を深めるために読むべき本の条件があるとすれば、それは「できるだけ遠い昔」の、「できるだけ遠い国」の人の本を選ぶことです。文化的文脈の決定的な違いにもかかわらず、それでもなお「リーダブル」な部分がその書物のうちにあるならば、それは人間性の本質にかかわる知恵です。それこそ学ぶべき「真の教養」だと私は思います。
神戸女学院大学名誉教授。哲学者。武道家。凱風館館長。合気道凱風館師範(合気道7段)。1950年生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。編著書に『日本の反知性主義』『街場の憂国論』など多数。2011年11月、神戸市内に武道と哲学のための学塾「凱風館」を開設。少年部は幼稚園年中から中学生まで。