第一は人員削減の「規模」です。この点については、スイスのザンクトガレン大学のトミ・ラーマネンなどが2014年に『ジャーナル・オブ・マネジメント・スタディーズ』で発表した研究が知られています。
ラーマネンたちの主張は、「企業の人員削減が成功する条件は、『ごく小規模で行う』か、『徹底的に大規模でやる』かのどちらかに限る」。逆に言えば、小規模でも大規模でもない「中途半端な人員削減」が一番望ましくない、ということです。
ラーマネンたちは、この主張を「ルーティン(Routine)」という組織理論に求めます。企業組織の競争力に重要なのは、従業員が共有する「企業独自のビジネスの進め方(ルーティン)」である、という考えです。
どの企業組織にも、時間をかけて築いてきた固有の効率的・効果的なルーティンがあるものです。そして企業の人員削減が小規模なら、そのルーティンは維持されるので問題ありません。他方で、大規模な人員削減では残された従業員に危機感が生じ、新しいルーティンが模索されます。しかし人員削減がその間くらいの「中途半端」に留まると、人が辞めることで組織からルーティンが切り取られる一方で、残された従業員も新しいルーティンを模索しないため、業績が最悪になるのです。ラーマネンたちは1996年から2006年の欧州の主要73企業の時系列データを使った統計分析を行い、この傾向を明らかにしました。
では、どの程度が「中途半端な人員削減」にあたるのでしょうか。ラーマネンたちの分析結果をみると、「全従業員の約2割から3割5分を削減したとき」となっています。
シャープは今年度末までに従業員の1割を削減する方向ですから、一見これは「小規模」に見えますが、同社は3年前にも経営危機を迎え、人員削減を実施しています。12年当時の従業員数は約5万6000人で、現在の従業員数は約5万人ですから、すでに6000人程度が削減されています。さらに今回が5000人程度。合計すると、のべ1万1000人程度となり、まさに全従業員の2割という「中途半端な人員削減」になってしまうのです。
ラーマネンたちの研究は欧州企業が対象ですから、シャープにそのまま適用するのは拙速です。しかし、「中途半端な人員削減」がリスキーなのは理論的には明らかで、そしてシャープの人員削減案がその範疇に落ちる可能性は高いのです。今後は、かつての同社の強みだったルーティンが一方的に失われ、新しいルーティンも築けない、最悪の状態になる懸念があるのです。