自分で決めて、納得する

【窪田】自分で「これが正解」といったような“枠”をつくってしまうと、その枠にはまらなかったとき「結局うまくいかなかった」という気持ちばかり高まってしまう。だから、そういう“枠”を外しておくことは、とても重要な気がするんです。

人と同じ価値観を目指さなくても、自分の気持ちを豊かにできるっていう感覚を大事にすると、すごくポジティブにいろんなことが回るという気はします。

【為末】よい意味で、人生が実験的になる気がしますね。3カ月ぐらい試しにやってみたけれど、この手法はどうも自分には向いていないと思えばやめる。そうやって手法を「選ぶ」ということは、じつは「諦める」ということと同じだという気がするんです。

諦めたもののほうにフォーカスするとネガティブな気持ちになってしまうけれど、選んだもののほうにフォーカスすれば、また気持ちもちがってくる。

人間には執着心があるので、捨てたほうがよいものも捨てられないでいる。でも、絞るしかないんですよね。

【窪田】やっぱり、自分が主体となって「これでよかった」と本当に思える気持ちを大切にしていくことが大事なんだと思います。みんなが「こっちがいい」と言っていることに自分が合わせることでしか幸福感や達成感を得られないとなると、とても息苦しい人生になるような気がして。

自分のやりたいように進むという生きざまが周囲にも伝わって、「ああ、あなたにとってはそのほうがいいんじゃないの」と思ってもらえるようになったらしめたもの。本人が選んだものに対しては自信をもつべきだと思います。

【為末】人生の中では「納得する」って、けっこう大きなキーワードだという気がするんですよね。「満足しよう」と思ってもたいていの場合は満足できない。ちゃんとしようとしすぎると苦しくなってしまう。でも、「自分が決めたんだ」と納得することであれば、けっこうできると思うんです。

【窪田】さすが為末さん、“走る哲学者”ですね!

為末 大(ためすえ・だい)●1978年生まれ。2001年エドモントン世界選手権および05年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(14年10月現在)。03年、プロに転向。12年、25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(10年設立)、為末大学(12年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある。

窪田 良(くぼた・りょう)●1966年生まれ。アキュセラ創業者であり、会長、社長兼CEO。医師・医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院に進学。緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見する。その後、臨床医として虎の門病院や慶應病院に勤務ののち、2000年より米国ワシントン大学眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。02年にシアトルの自宅地下室にてアキュセラを創業。現在は、慶應義塾大学医学部客員教授や全米アジア研究所 (The National Bureau of Asian Research) の理事、G1ベンチャーのアドバイザリー・ボードなども兼務する。著書として『極めるひとほどあきっぽい』がある。Twitterのアカウントは @ryokubota 。 >>アキュセラ・インク http://acucela.jp

(漆原次郎=聞き手、構成)
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