ユーモアをこめて語った感謝の気持ち

また、一流のアスリートは、自分を支えてくれている人たちへの感謝を必ず抱いていますね。たとえば錦織選手が決勝を終えたあとの記者会見で、13歳から彼に奨学金を与え、フロリダのアカデミーへ留学させてくれた盛田氏に贈った言葉は忘れられません。全米オープンの決勝戦、盛田氏は日本にいてあのセンターコートにはいませんでした。そこで錦織選手はユーモアたっぷりに「今回は会長が見ていなかったので負けておきました。次回、優勝を見せるために」と言ったのです。これは、感謝の言葉であると同時に、冷静な、そして強烈な「次は優勝を飾る」という野心の表れでもあるのです。

これを聞き、一流のアスリートは、感謝と、強いモチベーションが心の同じ部分から出ているのではないか、とも感じました。錦織選手の試合で、マイケル・チャンコーチの隣に、ナイキの水色の帽子をかぶった人物がいたのをご記憶でしょうか? クールですが、錦織選手が得点すると、大きく拍手を送っていた人物です。彼はIMGの副社長で、錦織選手の才能をいち早く見出し、彼を支えるチームを築き、牽引してきたオリバー(Olivier R. van Lindonk)という人物です。錦織選手のマネジャーとして、一緒に世界を転戦し「ケイなら必ずグランドスラム優勝を獲得できる。このチームの全員が、そう信じている」と言い続けたのです。

錦織選手は13歳で渡米した直後は海外経験もなく、英語もできないことでとても苦労し、傷つき、ホームシックになったと話していました。この傷が、オリバーら、スタッフによって埋められてゆき、英語も、技術も、プロテニスプレーヤーとしてのメンタリティも身につけていきました。そして彼は、感謝の気持ちを言葉にするだけでなく、何より、勝利、成績などの結果で示そうとした。錦織選手が、感謝を感じ、口にすることは、つまり自信を構築したことの証明でもあります。さらには、次へのモチベーションへと変えている。これはビジネスの現場でも有効なことだと感じます。「自分が成し遂げたことは周囲のサポートがあって実現できた」という認識や「その思いを結果で示す」という強い思い。このダブルの気持ちが「ある結実」には不可欠だと思います。

一流選手の多くは感謝の言葉を口にしたあとすぐ、目標実現のため必要なことを始めます。たとえばイチロー選手も中田さんも、優勝などの結果を出した翌日には特別な栄誉などなかったように、朝から練習を始めるのです。聞けば「こんなことで満足するためにやってきたわけじゃない」「本当にまだまだなんです」と言います。ビジネスの世界でも同じです。有名な経営者の方は、山に登ると、その景色を楽しみながらも、すぐにさらなる山の頂をとらえ、進んでいかれます。

やはり、優れたアスリートは、多くが現状認識に長けたリアリストなのでしょう。そして、この認識を言葉にすると、周囲には「有言実行」に見えるのではないでしょうか。

ノンフィクション作家
小松成美
(こまつ・なるみ)
広告社、放送局勤務などを経て、1990年より執筆活動を始める。テレビ出演、講演など幅広く活動。経済Webマガジンサイト「トレード・トレード」にて、「一語一会」を連載中。
(夏目幸明=構成 小倉和徳、村越将浩=撮影)
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