「福田ビジョン」を50年を待たずに達成する方法とは

この10億トンという数値は、先述した07年度の日本の温室効果ガス排出量(13.7億トン)の73%に相当する。したがって、日本の石炭火力のベストプラクティスを諸外国に普及しさえすれば、日本のCO2排出量を60~80%減らすという「福田ビジョン」が打ち出したCO2排出量削減目標は、50年を待たずして、すぐにでも達成されることになるわけである。

ここまで指摘してきたような3つの事実に目を向けると、石炭火力「悪者」説が、肝心の環境問題に関しても的外れなものであることは明らかである。石炭火力が日本に存在するからこそ、熱効率の向上は進み、CO2排出量原単位の改善をもたらす技術革新が進展する。その石炭火力を「悪者」視して日本から追い出したりすると、CO2排出量の世界的規模での削減につながる技術革新は停滞する。このような意味で石炭火力「悪者」説はミスリーディングなのであり、我々としては、日本の石炭火力をCO2排出量削減の「正義の味方」として、正しく評価しなければならないのである。

ポスト京都議定書の枠組み設定をめぐって、日本も早期に温室効果ガス排出量削減の中期目標を設定すべきだと主張する向きがある。しかし、ここで忘れてはならないのは、国別の温室効果ガス排出量削減目標を設定した京都議定書が大きな落とし穴をもっていた点である。京都議定書が定めた温室効果ガス排出量削減義務の国別設定の枠組みには、アメリカ(温室効果ガス排出量世界1位)や中国(同2位)やインド(同5位)などが参加しなかった。その結果、京都議定書で削減義務を負った国々の温室効果ガス排出量の合計値は、世界全体の総排出量の3割強にとどまった(04年実績値で計算)。

京都議定書のケースと同様に、ポスト京都議定書の枠組みにおいても排出量削減義務が課せられる国と課せられない国とが並存する場合には、エネルギー多消費産業・部門が前者から後者へ移転する可能性が高い。しかし、現状では、エネルギー多消費産業・部門を移出する側の排出量削減義務が課せられている国(例えば日本)のほうが、移入する側の義務が課せられていない国(例えば中国)よりも、総じてエネルギー効率が高い。このことは、石炭火力発電の熱効率の違いに、端的な形で表れている。石炭火力発電が日本に存在するほうが、さらに熱効率を向上させ、CO2排出量原単位のいっそうの改善をもたらす技術革新が進展する確率は高い。その技術を、エネルギー効率が悪い国(排出量削減義務が課せられない国)の電力部門に対して移転すれば、地球的規模でCO2排出量を大幅に削減することができる。

大きな落とし穴をもつ温室効果ガス排出量削減義務の国別設定を急ぐことは、極端な場合には、日本から石炭火力発電を「追放」することにつながりかねない。しかし、石炭火力が日本に存在してこそ、世界のCO2排出量を大幅に減らすことが可能になる。地球環境問題へ的確に対応するためには、短絡的発想を避け、大局的で現実的な見地に立たなければならない。

(平良 徹=図版作成)