また、鉄道営業法ができた当時の解説書には、乗客数が座席数を大きく上回った場合、「列車仕立駅(始発駅)においては、速やかに車両を増加し、旅客をして迷惑なからしむる様取扱を為すべきは勿論なり」(『鉄道営業法註釈』〈帝国鉄道協会〉1917年)とある。鉄道事業者に対しても、乗客が座れるよう、努力を促しているのだ。
満員電車は鉄道会社が目一杯努力したが避けられなかった結果だから仕方がないとしよう。ただ、最初から座席がない車両を走らせるなど、同条文からすればもってのほか、ということになりそうだ。しかしご存じの通り、現在もJR埼京線などでは現に座席がない車両がラッシュ時に運転されている。またかつて、兵庫県の「和田岬線」でも、和田岬の工場労働者のために、座席がほとんどない列車が走っていた。
この条文について、行政当局の解釈は次のようなものだ。
「鉄道営業法15条2項はあくまで、切符を持つ乗客に、空席に座る権利がある事実を定める条文。空席がなければ客を乗せてはならないというふうに、鉄道会社へ義務を課しているわけではない」(国土交通省鉄道局鉄道業務政策課)
実態の変化につれ、法の解釈が移り変わる場合もある。また、実態に合わない法律の規制など、現実には意味がない。現在も進む都市への一極集中や、それに伴う通勤ラッシュも、法律だけで解決できる性質のものではないだろう。そんな状況下、電車の混雑に関して、「座れなければ乗車できない」という牧歌的な条文だけが今も残る姿は、この問題の解決の難しさを示しているといえるだろう。