楠木 建教授が分析・解説
人間はステップアップしようと奮闘しているときの運動エネルギーはきわめて高い。しかし、ある程度の地位や立場に上り詰めると運動エネルギーは減退して、今度は位置エネルギーが高くなる。
エネルギー保存の法則は人間にも当てはまると思うのだが、なかには規格外もいて、トップに上り詰めても強烈な運動エネルギーを放つ。その典型的なタイプが孫氏である。
孫氏から普遍性を引き出すのは相当に難しいが、「退却をやれた男だけが初めてリーダーとしての資質がある」「退却できない奴はケチだと思え」という言葉はリーダーシップの一面の真理だ。
撤退を決断するのは難しい。捨てるものが大きすぎるからだ。多くの場合、リーダーと呼ばれる人間なら、普通より頭の出来は多少いいわけで、退却が正しいことぐらいわかっているはず。それでも退却を決断できない。「しくじった」と思われたくないから。失敗を明らかにしたくないから。「今さら引けない」という批判の矢面に立ちたくないから。つまり、自分が可愛いから。
孫氏のような喧嘩上手は、攻めるときは攻め、退くときは退く。基本的に勝てる喧嘩しかしないし、勝てないときの見極めが恐ろしく早い。ものすごく熱くなっていながら、頭では相手も自分も冷静に見ているからだ。
1964年、東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。2010年より現職。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『戦略読書日記』。