阪神の被災地でも自転車は使えた

予感した通り、地震直後から鉄道は完全にストップした。石井さんの自宅は新宿から小田急線で23.4キロの柿生(川崎市麻生区)にある。

これは一晩、「籠城」するしかないか……。一時はそう覚悟を固めたという。

17時00分

「え、娘は1人なのか?」

状況が変わったのは、17時をまわったころだ。4年前に愛妻を亡くした石井さんは、小4の娘と義母との3人暮らし。ところがその日は、折悪しく義母が所用で東京へ来ていて地震に会い、都内の親族宅に避難したという連絡が入ったのだ。急いで娘に携帯メールを送ると、1人で留守番をしているという。石井さんは即座に方針を転換した。

「これはいかん。絶対にうちへ帰ろう」

娘は昼間大きな揺れを経験して怯えている。なのに、このままでは1人ぼっちで夜を過ごさせなければならないのだ。胸の奥に熱い塊がせり上がってきた。

「あの子には日ごろ寂しい思いをさせている。こんなとき一緒にいてやらないと、死んだ女房に顔向けできないぞ」

休日には娘を連れてイベントや買い物に出かけるのが石井さんの楽しみだ。世間の父親よりも娘との絆は深いほうだと自負している。だが、ウイークデーは帰宅が遅く、面と向かって話すのは朝食のときだけということも少なくない。絆が深い分、「寂しい思いをさせている」という思いもひとしおなのだ。