東北地方太平洋沿岸に有史以来の悪魔的な被害をもたらした東日本大震災。ここに紹介するのは、そのほんのわずかな余波である。鉄道が止まり、帰宅できないとき、あなたなら一体どうするか──。

「帰るか、職場にとどまるか」

その日夕方、東京都心のサラリーマンは悩ましい選択を迫られた。3.11東日本大震災の発生を受けて首都圏の鉄道は軒並み運転を休止。混乱防止や個人の安全を考慮すれば、無理に帰宅せず職場にとどまるのが理性的な判断だろう。

だが、それを知っていながら、やむにやまれずわが家を目指した人も少なくない。たとえば──。

【14時46分】

東京・港区の大手金融機関に勤める石井健司さん(48歳)はそのとき、勤務先のビル4階のトイレ個室に入り、便器の蓋を開けてよいしょと腰かけたところだった。とたんに上半身を振り回されるような激しい揺れに見舞われた。

「お、ついに来たか!」

とっさにズボンを引き上げて立ち上がり、大地震の正体を“値踏み”した。石井さんは16年前の阪神大震災を大阪・茨木市の社宅で経験している。そのときの猛烈な縦揺れとは違い、今度は揺れ幅の長い横揺れだ。

「直下型じゃないな。規模はでかいが、震源は遠い」

真っ先に心配したのは「電車が止まるかもしれない」ということだ。阪神大震災のときは、最寄りの阪急線が運行を止めたので、少し離れた京阪枚方駅へバスで向かい大阪市内の支店へ出勤した。そのときの記憶が蘇ったのだ。