上司の要求水準を超え仕事をプロデュースする

上司に限らず、部下や取引先、パートナーと、「こいつのためならひと肌脱いでもいい」と思わせる力が必要なのだ。仕事といっても所詮は人の営みであり、ひとつひとつの仕事は自分と相手の間にある個別具体的な「文脈」(コンテクスト)で起こる。そういう文脈に応じて、仕事をつくり、やり遂げる力がある人を、原田は「コンテクスト・プロデューサー」と名づけた。

「あいつが下についたら必ず偉くなれる」という評判をたてることです

準大手のゼネコン、前田建設工業で総合企画部長をつとめる岐部一誠は、原田が推薦するコンテクスト・プロデューサーのひとりだ。現在45歳で、大学の工学部を卒業後、同社に入社、下水ポンプ場の建設現場、官庁向け営業を経て、総合企画部に入り、現在は全国建設業協会の会長も務める前田靖治・同社社長の懐刀として活躍している。岐部が話す。「先輩や上司をないがしろにせず、しかもいかにして管理されないかに頭を使ってきました。誰にも邪魔されず、自分の裁量で仕事がやりたいんです。若い頃は特に、先輩を追い出したろ、という気持ちで仕事をしてきました」。

下水ポンプ場建設の現場でも面倒な仕事は全部引き受け、毎日遅くまで残業した。上司からは「そこまでやってくれて、悪いねえ」と言われながら仕事を徐々に横取りし、気づいたら岐部がいなければ事務所が回らないようになり、入社6年目にして事務所ナンバー2に。官庁向けの営業現場に異動後も岐部は活躍した。コストや安全面といったメリットを強調して役所を説得、中小企業に発注予定の工事を前田に鞍替えさせるやり方をひねり出し、着任後の3年間は受注が無理だろうといわれたが、蓋を開けてみれば2年間で十数件もの受注に成功した。その後、現在の総合企画部に移り、「常に社長の少し先をいくくらいのつもりで、社会と当社との間にあるズレをゼロにすることを目標」(岐部)に仕事をしている。

「社長とは意見の食い違いはもちろんあります。私の意見と違う理由を聞いたら、そんな理由なのか、とがっかりすることもあります。でも、社長直轄の部を率いる私は、社長の茶坊主であってはならないし、社内でそう見られてもいけない。そのためには常に要求されているレベル以上の成果を出し続けることが大切です」

2002年、前田建設工業と東洋建設との資本提携の話が持ち上がり、社長と役員2名、それに岐部で構成される特別チームができた。当時、銀行の不良債権問題が残っており、東洋建設のメーンバンクだったUFJ銀行が出してきた数字は正確な実態を表したものとは思えなかった。岐部は何度も数字を突き返し、「前田が筆頭株主になるんだから、身ぎれいにしてほしい」と迫った。「こういう交渉をやる際、弁護士など既存の人脈が大いに役立ちました。おかげで買収リスクを最小限に抑えることができたのです。常に社長の要求以上のものを、という私の信念でやったことです」。

昨今、専門能力をもつプロ人材が大いに持てはやされているが、そういう風潮に前出の原田は疑問を投げかける。

「プロとは業務を遂行するためのコマ的な人材であって、必要なときに外から引っ張ってくればいい。それよりも大切なのは、プロをマネジメントできる人材です。3という力をもったコマをうまく使い、『3+3』どころか『3×3』に、あるいは3の3乗にする力をもった人材です。これがコンテクスト・プロデューサーです」

だとしたら、上司に気に入られようという発想は根本的に間違っている。上司もコマと考えたらどうだろう。自分はその背後から上司のために“バックアタック”を打つ。このように、向こうから進んで働かせる人こそ、できる部下なのだ。(文中敬称略)

(森崎純子=撮影)