最近、ある雇われ社長の話を聞く機会があった。悩みがあるという。自分の雇い主である同年代のオーナーが酒を飲むと、決まってこう愚痴られるそうだ。「おまえは社員から慕われていいよなあ。俺の会社なのに、おまえに横取りされたようだよ」と。嫉妬は恋愛の場だけでなく、会社でも渦巻く。では、仕事が抜群にできるのに、上からは嫉妬されるどころか手放しで褒められ、周りからも足を引っ張られないようなことは不可能なのか。

「方策はある」と多摩大学教授の原田保は言う。「部長メーカー、役員メーカーになることです。日本人は下克上を嫌いますから、上司を押しのけて出世するのではなく、上司をその上の役職まで押し出してしまえばいい。『あいつが下についた奴は必ず偉くなれる』という評判を立てることです」。

<strong>多摩大学教授 原田 保</strong><br>1947年、神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、西武百貨店に入社。企画室長、情報システム部長、商品管理部長などを経て取締役。その後、香川大学経済学部教授などを経て現職。近著に『スロースタイル 生活デザインとポストマスマーケティング』(共編著、新評論)
多摩大学教授 原田 保
1947年、神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、西武百貨店に入社。企画室長、情報システム部長、商品管理部長などを経て取締役。その後、香川大学経済学部教授などを経て現職。近著に『スロースタイル 生活デザインとポストマスマーケティング』(共編著、新評論)

これは原田がかつて在籍していた西武百貨店で実践してきたことでもある。「役員会の前夜、当時の上司に一言一句、プレゼンの言葉づかいを伝授。私が言う通りに話すと必ずプランが通ると思われるようになり、そのうち、おまえがプランをつくれ、プレゼンも、となり、私が実質取り仕切ることになりました。おかげで上司も私も出世し、めでたし、めでたし」。

いくらできる部下でも、上司を見下す態度が垣間見えれば関係はそこで終わる。そうならないために、「能ある鷹は爪を隠す」が大切、と原田は指摘する。MBA仕込みの最新の経営理論を知悉していたとしても、ドブ板営業の現場で披露するのはご法度、一気に「TPOをわきまえない、使えない奴」という烙印を押されてしまう。もちろん、隠す爪のない人は密かに磨くしかない。

コミットメントという言葉がある。通常、「(目標達成などの)約束をする」の意味だが、原田は「上司を自分にコミットメントさせよ」と言う。「こいつの言うことなら全面的に信頼できると上司に思わせる関係を築くことです。自分を多少犠牲にしても他者に利益を与えようという利他思想は誰でももっていますが、その『他』を部下である、あなたにさせればいいのです」。

何やら人心を収攬する難しい技が必要なのだろうか。「そんなことはありません。トップやリーダーは想像以上に孤独です。あいつといると気持ちが和むし、仕事上も助かる。一緒にいたいな、という気持ちにさせればいいんです。それには、一緒に仕事をやっては成果を出す積み重ねが必要で、一朝一夕には無理ですが」。

上司をコミットさせられれば、上司の実質的権限を手に入れることができる。「たとえば営業の接待限度枠が毎月10万円だとします。自分はもっと売るから、この枠を広げてくれ、と言ってもなかなか難しい。でも、部長から俺の接待枠を少し分けてやるから、と言われたらどうでしょう。それこそ、実質的権限です」。その権限を使い、ますます仕事の成果が上がる。あなた自身の評価も、監督する上司の評価も上がる。一石二鳥である。