スピーチで印象づける、笑いをとる

「愛を知る愛知からやってまいりました。でも私自身は、結婚していますが本当の愛をまだ知りません」

思わず脱力するようなおやじギャグである。このフレーズを、経営者相手の講演会などで愛用しているのが宗次徳二・壱番屋創業者特別顧問だ。

宗次氏はカレーハウス「CoCo壱番屋(ココイチ)」を妻・直美さんとともに創業し、二人三脚で業界最大手に育て上げた立志伝中の人物だ。現在は社業の第一線から退き、NPO法人の理事長としてクラシックコンサートの企画運営や社会奉仕活動に力を入れている。

その一方、経営者時代から各地の講演会に引っ張りだこで、現役当時でも年間60回、最近になると同100回近くも講演をこなしている。

講演の冒頭で必ず披露するのが「愛を知る愛知……」などいくつかのパターンのおやじギャグだ。たとえば、

「2年前に初めてフランスに行ったときにびっくりしましてね。空港に降り立ったら、タクシーの運転手さんまでスーツをパリッと着こなしていました」

失礼ながら、爆笑を誘うようなギャグではない。しかし、それが存外好評なのだという。シーンとした会場に向けて、こう続けるからだ。

「みなさん、経営者だったら優しさと気配りが大事です。笑ってくださいね」

これで会場はにぎやかな笑い声に包まれる。一言で空気を一変させ、和んだところで本題に入るのである。

「基本的に誰でも人に笑ってもらうことは好きだと思います。だから私もつい(ギャグを)言ってしまうんですが、たいていは『やめておけばよかった』と後悔します(笑)。講演でも最初はひんやりとした受け止め方をされますね。でも、お笑いを商売にしているわけではないから、ウケようとしても無理なんです。そう思って、めげずにやっていますよ」

空気を一変させるフレーズはほかにもある。宗次氏が手書きの「ジョーク集」を開いて教えてくれた。

「ちょっと、ひんやりしちゃいましたね。私のは『省エネ話法』なんです。エアコンの設定温度を2度上げてもらってもいいですよ」
「笑ってくださいよ。言ってるほうが恥ずかしいんですから」
「(手前の客は笑っているので)後ろの方もがんばってくださいね」

宗次流のジョークが飛び出すのは、話の冒頭だけとは限らない。だが、1度空気をつかんでしまえば「寒いギャグでも、みなさん笑ってくださるようになる」(秘書の中村由美さん)という。

冗談の質よりも、その後のリカバリーのほうが大切なのである。

壱番屋創業者特別顧問 宗次徳二
1948年生まれ。生後すぐに孤児院へ預けられ、宗次家の養子に。愛知県立小牧高校卒業後、大和ハウス入社。その後独立し、78年カレーハウスCoCo壱番屋創業。98年会長、2002年より現職。07年クラシック専門の宗次ホール設立、代表に就任。著書は『日本一の変人経営者』ほか。
詩人、作家 三木 卓
1935年生まれ。幼年期を満州(中国東北部)で過ごす。59年早稲田大学文学部露文科卒。71年『わがキディ・ランド』で高見順賞、73年に『鶸(ひわ)』で芥川賞、97年『路地』で谷崎潤一郎賞など受賞歴多数。99年紫綬褒章、2011年旭日中綬章を受章。児童文学も多く手がける。
(的野弘路、山口典利=撮影)
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