ダジャレ(地口(じぐち)ともいう)は、かつては落語で「にわか落ち」とカテゴライズされるれっきとした笑いの一つだった――いちいちそう説明しなければならないくらい、純粋にダジャレで笑うことが少なくなった。
誰かが口にしても、「ああ」という嘆息や、“面白くない”との意思表明が半ば儀式化されている。たまに笑いが生じても、「つまらない」がその理由だからテンションは低い。あたかも、ダジャレそのものでウケることが罪であるかのようだ。
ダジャレを“おやじギャグ”として弾圧する風潮はいつ始まったのか。“おやじギャグ”の全国紙初出は1990年1月23日付の朝日新聞(日経テレコムで検索)。全国紙が若年層の流行りモノに反応するまでのタイムラグを考慮すると、“おやじギャグ”誕生の素地は80年代末に整ったと推測できる。これはバブル期、いわゆる新人類世代が社会に出た頃と一致する。
80年代に入り、すでにテレビが主戦場となっていた「笑い」は、旧来の演芸場の延長から離れ、テレビそのものにフィットしたスピード感と瞬発力が求められるようになった。思春期にこの流れにどっぷり浸かってきたのが新人類世代。それだけに、職場で接する年長者のギャグが、陳腐でスピードに欠けてみえた。
その代表格が、身内で安直に垂れ流されるダジャレだった。笑いのリテラシーの違いに気付かぬまま、ダジャレは世代間の断層をさらに深めていった。かくして、中高年男への揶揄と嫌悪を一身に背負った“おやじ”の一語とともに、その地位を剥奪されるに至ったのだった。
もっとも、年長者のギャグをバカにした新人類も今や40代。うっかりダジャレを口にして若手や女性に嫌われる恐怖に、今度は自分たちが怯える羽目に陥っている。「笑い」が変わったとはいってもプロの世界の話。素人が発するギャグのセンスが向上したとは一概にはいえまい。なのに、生真面目さの抜けない日本の中高年男は、比較的簡単にウケを狙えた武器を丸々一つ奪われた格好だ。ダジャレ“復権”はもはや望むべくもないのだろうか。
が、そんな風潮もどこ吹く風で、ダジャレを量産し続ける男がいる。